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【高気圧酸素】荏原病院・脳神経外科(東京・大田区)

荏原病院脳神経外科の土居浩部長
荏原病院脳神経外科の土居浩部長(提供写真)

 連休明けや夏場になると高気圧酸素治療の患者が増える。スキューバダイビングで起こりやすい減圧症や空気塞栓症に効果的だ。

 患者を高気圧(2~2・8気圧)のタンク内に収容。高濃度(100%)酸素をマスク吸入させることで体の隅々の組織を活性化し、症状の改善を図る。

 1976年にこの治療法をスタートさせた同院では、当初、脳血管障害の患者を中心に実施してきた。そのため、現在も治療室は脳神経外科の管理下にある。94年から管理医を務め、日本高気圧環境・潜水医学会専門医でもある土居浩部長(顔写真)が言う。

「肺に吸い込まれた酸素は血液中のヘモグロビンと結合することで体内に運ばれます。通常の大気圧下では高濃度酸素を吸っても血液中の酸素量は変わりません。ところが、高い気圧の下で高濃度酸素を吸うと、直接血液に酸素が溶ける分、血中の酸素量を増やせるのです」

 減圧症とは「潜水病」「潜函病」とも呼ばれ、水中深くから浮かび上がる際に発症する。急激に減圧すると、高圧下で血液中や組織内に溶けていた窒素が血液中に気泡を作り、さまざまな症状を引き起こす。軽症では筋肉や関節の痛み、疲労感がある。重症になると脳卒中に似た症状や呼吸困難、胸痛が表れるという。

 空気塞栓症は、動脈中にできた気泡によって血流が妨げられて起こる。脳動脈や冠動脈に起これば脳梗塞や心筋梗塞と同じ状態になる。ダイバーの死亡原因で多い病気だ。

 高気圧酸素治療は血流の届かない組織へ酸素を送り、気泡を圧縮して体外へ排出させる。

「減圧症や空気塞栓症は、スキューバダイビングだけでなく、地下トンネルのシールド工事や橋の土台をつくる潜函作業などでも起こります。当科は、建設現場の患者さんの受け入れも多い。工事が始まるときはゼネコンなどから問い合わせがあります」

 高気圧酸素治療装置は、患者1人を収容する第1種装置と、6~7人収容できる第2種装置がある。重症の減圧症や空気塞栓症では医療スタッフを伴う必要があり、第2種装置でないと治療が難しい。国内で稼働する第2種装置は同科を含め、50台弱(東京都内5台)しかない。

「他の疾患での治療は2気圧で時間は約90分ですが、減圧症や空気塞栓症では約4時間半かけます。急速に2・8気圧まで上げて、時間をかけて気圧を下げていく『再圧治療』という方法です」

 減圧症や空気塞栓症以外では、突発性難聴、一酸化炭素中毒、腸閉塞、網膜動脈閉塞症などの治療に使われる。副作用は鼓膜への負担だが、「耳抜き」ができれば問題ないという。

「最近は、がん患者さんの放射線治療後の壊死、出血、びらんなどの副作用に対する治療も増えています。ほとんどが他院からの紹介です」

 治療回数は、疾患や状態に応じて複数回繰り返して行う。減圧症や空気塞栓症、一酸化炭素中毒の9割以上は症状が改善するという。年間約4500件の実施数は全国でもトップクラスだ。