天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

劣化が早い生体弁と血栓ができやすい機械弁

順天堂大学医学部の天野篤教授
順天堂大学医学部の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ


 大動脈弁狭窄症で弁を人工弁に交換する手術を勧められています。人工弁には生体弁と機械弁の2種類があるようですが、どちらにしたらいいでしょうか。(40歳・男性)


 大動脈弁狭窄症は、血液を全身へ送り出す心臓の大動脈弁が石灰化して開きにくくなる疾患で、重症化すると突然死に至るケースもあります。悪くなった弁を完全に治すためには、弁を切り取って取り換える「人工弁置換術」という手術を行います。

 ご質問にあるように、現在、日本で使用できる人工弁には、大きく分けて「生体弁」と「機械弁」の2種類があります。他に合併症があるなどの問題がない場合、患者さんは、どちらの弁を希望するか選択できるのが一般的です。最近は、弁置換術を受ける患者さんの7割くらいは「こちらの弁を使ってほしい」とはっきり伝えてくるようになっています。ただし、自分で納得したうえでどちらの弁にするか選択するためには、それぞれのメリットとデメリットをしっかり理解しておく必要があります。

 生体弁は、ブタや牛の弁などを人間に使えるように処理したもので、自身の弁に近く血栓ができにくいという利点があります。しかし、耐久性が低い点がデメリットです。若い人ほど劣化が早く、35歳以下なら早い人だと10年以内、35歳以上は15~20年くらいで硬くなったり、穴が開いたりしてきます。そうなると、再び弁を交換しなければなりません。

 また、患者さんがステロイド薬を服用している場合は、抵抗力が落ちて有害な細菌を取り込みやすい状態になっているため、心内膜炎などの感染症を引き起こしやすくなってしまいます。そうした患者さんは、生体弁は好ましくありません。

 人工透析を受けている患者さんも、生体弁はあまりお勧めしません。弁の石灰化が早く、生体弁では5年程度で劣化による再狭窄を起こしてしまうからです。35歳未満の若い人、とりわけ10代の患者さんもすぐに石灰化してしまいます。その場合、最初から機械弁を使って20年以上もたせた方が望ましいでしょう。

 一方の機械弁は、耐久性が高く頑丈なので、弁を再交換するケースはほとんどありません。しかし、機械弁は人間にとって“異物”なので弁の周辺に血栓ができやすく、術後は血を固まりにくくする薬を一生飲み続けなければなりません。また、人工物は予期せぬことで壊れてしまう可能性もあります。

 どちらもメリットとデメリットがあり、患者さんのバックグラウンドによっても変わってくるため、一概にどちらが望ましいとはいえません。当院でも、生体弁と機械弁の割合は、おおむね半々ぐらいです。

 ただ最近は、ある一定以上のサイズ(21ミリ)の弁を入れられる患者さんには、生体弁を勧めるケースが多くなっています。将来的に弁が劣化しても、「TAVI」(経カテーテル大動脈弁留置術)という血管内治療によって、新たな生体弁を留置する治療法が登場したからです。

 TAVIはカテーテルを使った治療法なので、胸を切開する再手術は必要ありません。患者さんにとっては、負担が少ない治療法といえます。もし、最初の弁置換術で機械弁を使った場合は、何かトラブルが起こってもTAVIは行えないので、再び開胸して交換しなければなりません。そのため、将来的にTAVIが可能な患者さんには、最初から生体弁を使用する傾向にシフトしてきているのです。

 次回は、TAVIについてもう少し詳しく説明したうえで、信頼できる病院の選び方をお話しします。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。