独白 愉快な“病人”たち

プロゴルファー 田原紘さん (72) 一過性脳虚血発作 ㊦

(C)日刊ゲンダイ

 もともと低体温症で不整脈、そこに高血圧症も加わり、脳梗塞になりやすいご三家要素がそろっていました。幸い、30分程度の一過性脳虚血発作で済み、入院せずに済みましたが、右半身の軽いマヒで手先が思うように動かなくなりました。

 ひどい眠気にも襲われるんです。特に食事を取ると、一服しているうちに眠ってしまう。胃袋に血液が集中してしまうのか、頭に酸素が回らなくなるんです。このことに気付かずコースに出ると午後はミスが連発。脳の指令系統が狂ってしまうんだね。今は昼食を半分にセーブしています。

 リハビリとしては、家の柱を使った相撲のテッポウの真似事や、スロージョギングをやっています。太ももの大きな筋肉を使うと、全身の血の巡りがよくなるそうなんです。360鉢の盆栽の手入れと切り絵で指先を動かしています。ついでに、箸の持ち方が悪かったから、これをきっかけに箸の持ち方も覚えなおして、昔よりうまくつまめるようになったんですよ。

 記憶力や論理的思考にも不具合を起こしていて、病後、連載の原稿を書くと、自分が思った通りに書き上げたつもりでも、妻と娘がチェックすると「文章がメチャメチャ。編集部に送れる内容ではない」と言う。

 さらに3年目には、前回とは別のところに梗塞を起こしたあとも見つかりました。

 しかし、そんなことも落ち着いて、何も気にせず歩けるまでに回復したんです。そんな時、30年以上使っていた“サイン”を脳が忘れて書けなくなった。これが書けないとオーストラリア銀行に預けた優勝賞金が下ろせない。

 とはいえ、この体でオーストラリアまで飛行機に乗るのは危険なので、気がかりだけど放っておくしかなかった。脳梗塞は2度目が怖いと聞いていたので、病後はプロアマの招待も断り、外に出る仕事は全て断っていました。

 頼りは、日刊ゲンダイの連載をもとに単行本化した書籍をはじめ、60冊超の著書の印税。40代は激務だったけど、あの時本を書いておいてよかった。おかげで収入が途絶えても、心の余裕がありました。

 脳の回復はある日突然やってきました。去年の10月、ふと試してみると、5年の空白期間を経て、例の“横サイン”が書けるように戻った。翌々月の12月にオーストラリア銀行丸の内支店に行って、やっと預金を引き出すことができました。そして今年の2月ごろ、いつの間にか元の「悪い箸の持ち方」で食べていた。

 これをきっかけに体が戻り、自分の思い通りのスイングで振れるようになりました。生きているといいことがあるね。

 今、6年目にして脳梗塞になる前の右手のグリップの感覚が戻って、思った通りに振れるようになった。
「そうそう、この感じだった!」

 6年待ち続けてやっとですよ。

 今5日目ですが、もううれしくてね。この感覚を忘れないように朝5時から素振りしていますよ。

 今度は年齢数以内のスコアで回る「エージシュート」に挑戦したいと思うようになりました。ゴルファーである以上成し遂げたいね。

 そうそう、脳梗塞をきっかけに矯正した箸の持ち方はすっかり元に戻ってしまって器用につまめなくなったので、妻に「キャベツの千切りは大きく切ってくれ」って頼んでいますよ。