独白 愉快な“病人”たち

元キックボクサー 俳優 武田幸三 (41)

(C)日刊ゲンダイ

 ムエタイはヒザ蹴りやヒジが目に入りますからね。形勢が不利な時や、全5ラウンド続けたら体のダメージが大きいと判断した時は、相手の目を狙う。目の皮膚は薄くてパックリ切れて流血するから、ドクターストップで試合を終えることができる手段でもあるんですよ。とにかく目はケガが絶えませんでした。

 1998年の日本タイトル防衛戦の試合中に食らった左目のカウンターパンチで、目に火花が飛んで、見えなくなった。試合は続行し、KO勝ちしましたが、収斂筋膜が再生不可能になり、左目はほぼ見えなくなった。

 左右の目で合わせて像を見ることができなくなり、パンチのセンターから開いてしまう。下を向くとさらに焦点が合わなくて、コンビニでお釣りを渡されると、どこに店員さんの手があるか分からないんですよ。

 目をきっかけに今度は腰のヘルニアも悪化して。右目だけでものを見るから視点が狂う。それを調整しようとして体の左右バランスも悪くなり、腰に痛みが走るわけです。

 それからはブロック注射を打って痛みをごまかして試合に出ましたよ。もともと背筋の方が強く、反り腰だったので、通常トレーニングに毎日腹筋を500回プラスしてフォローしました。

 ところが俺が片目が見えなくなって、下からの攻撃に弱いとバレ始めた。2003年にK―1で魔裟斗君と対戦し、ビッグマッチが増えていた頃でした。

 下からアッパーが来ると気がつかなくてまともにパンチを食らう。下ばかり狙われるようになり、05年のK―1でアンディ・サワー、ジョン・ウェイン・パーと2つ試合を落とした。しかも、先に俺のパンチが入って、勝てると思っていたのに、まさかの逆転負け。

 俺はずっとファイトマネーをチケットでもらっていたんです。チケットをお客さんに手売りする方が現金をもらうよりもレートがいいから。その分“俺が勝つという約束手形”を買ってくれているという責任が生じる。

 お客さんが何日も働いて得たお金をいただいていると思うと、楽しませることができないのが申し訳なくて仕方がない。「おまえからしかチケットは買わない」と言ってくれる皆さんに対して、今のままではリングに上がる資格がないと思い、目の手術をすることに決めました。

 手術自体は案外時間がかからないものでした。局所麻酔で、話しながら調整していましたから。見えるように手術するといっても、目のレンズ調整ができなくなっているものを単焦点にする。つまり範囲をひとつに絞って焦点を合わせるようにするんです。

 俺に必要なのは試合の時の目。ファイティングポーズを取った時の目線に合わせました。「これ見える?」「こっちは?」と医師に聞かれて、話しながら1時間もかからなかったと思います。

 手術が終わるとヒマでヒマで仕方がない。ちょうどマネジャーが来たので、彼と一緒に病院着のままタクシーに乗って赤羽のスタミナ苑まで焼き肉を食べに出た。そしたら病院から携帯がかかってきて……。俺としては再出発を誓うための焼き肉だったんですけどね。焼き肉のにおいプンプンで戻ったら、医師にめっちゃ怒られました。

 その後、快進撃になれば最高なんですけど、そこまで納得した試合ができたかと言われると、正直そうはいかないです。手術してもそんなには見えない。最近はブロック注射もせずに俳優の仕事でスタントもできているので、それなりに回復しているとは言えますが。おかげで初主演の映画もできましたし、チャンスを生かして少しでもファンの方に恩返しできればと。

▽たけだ・こうぞう 1972年、東京都生まれ。大学時代はラグビー選手として活躍、22歳でキックボクサーとしてデビュー。01年、ウエルター級ムエタイ王者獲得、03年からK―1に参戦。ストイックな練習と食生活、ファイトスタイルから、ラストサムライと称される。38歳で引退後は俳優に転向。6月21日から主演映画「デスマッチ」がシネマート新宿ほかで公開。