精巣腫瘍が分かった時は、奥浩哉先生のアシスタントのひとりとして「GANTZ」の連載などを手伝っていました。非常に恵まれた環境で、つい安穏として、「漫画家」になることを先延ばしにしていました。
ところが入院中、さまざまな気付きを得ることができたんです。抗がん剤のせいでベッドから起き上がれなかったり吐き続けたりと、しんどい日々でしたが、漫画家へのチャンスをつかむことができたことを思うと、そう悪くはなかった4カ月間でした。
だって、闘病中に書いた「さよならタマちゃん」が初の連載になり、単行本化され、しかも今年、「マンガ大賞」にノミネートされたのですから……。
入院中に「漫画家」って呼ばれたのも大きかったですね。入院仲間はアシスタントなんて理解できないから、僕の職業は「漫画家」にされていた。単なる誤解なんだけど、その言葉に後押しされたところもあったと思います。
一時はペンも持てなくなり、先が見えない不安に襲われましたが、自分が本当になりたかったものがクリアになり、かえって漫画を描きたいという信念が強まりました。
また、病気になって改めて人のありがたみ、人の美しい部分に触れることができました。奥先生は僕の席を空けて待っていてくれ、表面上だけでなく大切にしてくださっていたんだと痛感しました。
フリー稼業は保証がないので、病気が長引いたら生活保護のお世話になるしかないと覚悟していましたが、仕事がなくなる怖さを感じずに、治療に集中できたのは非常に助かりました。
その後転移もなく、今3年目になります。一度は毛という毛がすべて抜けましたが、現在はもとに戻りました。後遺症は、手に力が入らないことと感覚が鈍いこと。常に手にゴム手袋をはめているような感じがします。
親指に力が入らないので、握り方は子供がお絵かきするときのようなグー握りに変えました。さいわい、今はパソコンのタブレットのおかげで筆圧がいらないのでなんとかなっていますが、やはりもどかしさは残ります。
手術前、無精子症になる可能性もあるとのことで、リスク回避のため精子保存もしました。保険適用外なので初期10万円くらいかかり、あとは年2万円くらいの保存費用がかかります。でも、僕たちは今のところ保存精子を使わないつもりでいます。
妻も漫画家で体もあまり強い方ではないので、無理して子供を産むことに力を注ぐよりも、彼女が作品を描いて生き生きしている姿が一番だと思ったんです。妻との出会いは、僕が彼女の作品に一目惚れしたのがきっかけでした。だから、彼女の作品が僕たちの子供で十分。何より僕が一番のファンなので、作品が読みたいんです。今夏、妻も同じ「イブニング」で連載が決まり、2人で創作活動に励んでいます。
闘病記を描こうとした時、リアルすぎて読む人がつらくならないように、画風もほのぼのタッチにしました。以前の画風は劇画風なんですが、劇画タッチじゃ現実を突きつけられているようできつく感じるので、あえてほのぼのさせて、お金と時間経過はぼかしました。その代わり、心情的なところをリアルに描いたつもりです。
がんの経験を通して、「悲しいことを悲しく見せない」作風が自分のカラーのひとつになっていったらいいのかなと思っています。
▽たけだ・かずよし 1975年、北海道生まれ。「GANTZ」で有名な奥浩哉氏のアシスタントを経て、2012年、36歳の時に自身の精巣腫瘍についての闘病記を記した「さよならタマちゃん」で漫画家デビュー。14年同作でマンガ大賞3位。「おやこっこ」をイブニングで連載中。妻で漫画家の森和美さんも今夏から「シカルンテ」(仮)をイブニングで連載開始予定。
独白 愉快な“病人”たち