介護の現場

弟に生家を譲ったら…

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 親の介護を巡り、子供たちの間で裁判沙汰になるケースが少なくない。

 茨城県つくば市郊外の一戸建てを生家にする池本純一さん(仮名、56歳)は、中堅商社に勤務するサラリーマン。3人きょうだいで、弟と妹がいる。妹は関西地域で所帯を持ち、弟夫婦は生家で母親と同居しながら自営業をしていた。

 長男の純一さんは都心部にある妻の実家に住んでいる。会社の役員候補という重責にあり、海外出張も多い。生家で母親を囲み、きょうだい3人が顔を合わせる機会は正月の1日か2日程度だった。

 きょうだいの仲は良かったが、2年前に亀裂が走った。原因は10年ほど前にさかのぼる。

 父親が病死し、父親名義だった厚生年金を含む郵便貯金等は、すべて母親の名義に変更した。

 ただ生家の敷地、約160平方メートル(約50坪)については、純一さんが「私は都心に妻の両親と住んでおり、母親の面倒を見ることができない。将来、介護も必要になるだろう。もし、弟夫婦が母親の面倒を最後まで見てくれるなら、生家の土地権利を放棄して弟に譲る」と提案した。

 弟夫婦はむろん、妹夫婦も了承し、生家の土地・建物の所有権は弟の名義に移った。

 その後、純一さんは年に一度ぐらい、生家に帰宅し、時々電話もかけて、母親の近況を尋ねていた。

 ところが2年ほど前から生家に電話をかけても、弟夫婦は「母は体を壊して病院に入院している」と言うばかりで要領を得ない。「母は留守」という返事が2、3回続いたことから、たまりかねて見舞いかたがた生家を訪ねた。

 弟に入院先を聞くと、「実は母親を特別養護老人ホームに入居させた」という。

“母は介護士が必要になるほど老化してしまったのか”─―。弟夫婦を問いただすと、「少し認知症になりかけているし、足腰も急に弱くなって、心配で家に一人では置けなくなったから」と説明した。

 純一さんが特別養護老人ホームに母親を訪ねると、まだしっかりしていた。会話も不自然さはない。着替えなど身の回りの世話やトイレに行く時も、介護士を必要としないほど元気だった。

 確かに母親は80歳に近い高齢である。しかし……。純一さんが言う。

「年を取ったら、誰でも老化現象で少しは日常生活に障害が起こるでしょう。でも、同居している弟夫婦が自宅で母親の面倒を見ることができず、老人ホームに送るほど衰えてはいなかった。これでは、母を捨てたのも同然です」

 当然、弟との間で喧嘩になった。母親に聞くと、どうやら弟は父親が残していた郵便貯金や、母に支給されていた年金までも事業資金に使い込んでいたらしい。

「母が可哀想になりましてね。弟夫婦が母親の面倒を見るというから、私は生家の土地所有の権利を放棄したのですが……」

 どうしたら、土地の権利が回復するか。現在、弁護士に相談中だという。