天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

TAVIの登場で生体弁を使うケースが増えた

順天堂大学医学部の天野篤教授
順天堂大学医学部の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ


 大動脈弁狭窄症で弁を人工弁に交換する手術をすすめられています。人工弁には生体弁と機械弁の2種類があるようですが、どちらにしたらいいでしょうか。(40歳・男性)


 現在、日本で一般的に使用できる人工弁には「生体弁」と「機械弁」の2種類があり、どちらも利点と欠点があることは、前回お話ししました。また、最近はある一定以上のサイズ(21ミリ)の弁を入れられる患者さんには、生体弁をすすめるケースが多くなっていることにも触れました。

 生体弁は、働き盛りの年代では12~15年経過すると劣化が避けられないため、将来的に再び弁を交換しなければならないという“弱点”があります。しかし、「TAVI」(経カテーテル大動脈弁留置術)という血管内治療によって、再び開胸して手術する手間をかけずに新しい生体弁に交換することが可能になってきました。この方法によって、生体弁の寿命を気にかけることが大きく減じたのです。

 ただし、TAVIは大動脈弁の「石灰化」に対する治療法なので、最初に使った生体弁の劣化は、石灰化して硬くなる方向でなければなりません。石灰化する劣化ではなく、単純に弁が壊れて閉鎖不全を起こす形になってしまうと、TAVIは行えない場合もあるのです。心臓内の血流が逆流してしまう閉鎖不全は、心内膜炎など他の合併症も発症しやすくなります。生体弁は、必ず石灰化する方向で劣化してくれるのが望ましいのです。

 そこで、生体弁を生産しているメーカーは、近年、なるべく石灰化する方向で劣化していくような加工を生体弁に施しています。

 最初の手術で交換した生体弁は劣化が避けられませんが、将来的にTAVIが可能であれば、開胸手術を受けなくて済む患者さんの負担も少なくなります。弁が劣化した時、安全にTAVIにバトンタッチできるような壊れ方をするように取り組んでいるわけです。

 中には、生体弁を使ったことで生じる感染症のリスクを嫌って、機械弁を選ぶ患者さんもいます。年齢が35歳未満だったり、人工透析を受けているなど石灰化が早い患者さんは、機械弁の方がメリットは大きいといえます。しかし、生体弁の耐久性が通常の状態で保たれ、将来的にTAVIが可能な患者さんには、生体弁をおすすめします。

 病院によっては、機械弁ばかり、あるいは生体弁ばかりをすすめてくる場合があります。これは、その病院の医師の技術レベルが低く、どちらか一方しか対応できないことが考えられます。どちらか一方に誘導されているような疑問を感じた場合は、セカンドオピニオンを受けたり、違う病院を探した方がいいでしょう。

 人工弁置換術を受ける際、生体弁と機械弁のどちらを希望するかは、患者さんに選択権があります。通常の手順では、まず手術の前に生体弁と機械弁のメリットとデメリットをきちんと説明したうえで、「どちらの弁を使いますか?」と患者さんに尋ねます。そうした手順がいい加減な病院は、実力もないと考えていいでしょう。

 もちろん、患者さんに選んでもらうことで、われわれ医師が責任を放棄しているわけではありません。われわれはエビデンス(科学的根拠)に基づいた考えを持っているのが大前提で、そのうえで、患者さんの選ぶ権利を尊重しています。患者さんが自分で選ぶつもりはないという時は、医師側が経験の中でよりよい方を選択していくのです。

 こうした手続きをしっかり行っている病院は経験も豊富で、術後の管理に関しても信頼性が高いと判断できます。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。