Dr.中川のみんなで越えるがんの壁

【アンジェリーナ・ジョリーさんのケース】乳房切除を決意させた遺伝性は…

アンジェリーナ・ジョリー、ブラット・ピット夫妻
アンジェリーナ・ジョリー、ブラット・ピット夫妻(C)日刊ゲンダイ

 北斗晶さん(48)の告白で、乳がんが注目されています。彼女は右の乳房を失ったつらさを涙ながらに語り、抗がん剤治療に挑むそうです。その副作用による脱毛のショックを和らげようと、髪をショートカットにした姿が印象的でした。

 そんなつらさを未然に取り去ったのが、米女優アンジェリーナ・ジョリーさん(40)です。2年前の3月、ニューヨーク・タイムズに寄せた「将来の乳がん予防のための乳房切除」は世界的な反響を呼びました。

 乳がんの発病には、BRCAという「がん抑制遺伝子」が関係。この遺伝子に生まれつき異常を持つ女性は、正常の人に比べて10~19倍、乳がんになりやすいといわれています。特に若い年齢で発症しやすく、ジョリーさんの母も若くして乳がんと卵巣がんを併発して亡くなりました。母方の祖母も卵巣がんで、叔母も乳がんで他界。この遺伝変異は卵巣がんにも関係しているのです。

 こうした家族的な背景から、ジョリーさんは遺伝子検査を受けたところ、BRCAの変異が見つかり、乳がんになる可能性は87%、卵巣がんは50%以上と指摘されたそうです。それで、最初にリスクの高い乳房切除手術を受け、経過を見て卵管などを切除することを計画。今年3月には、卵巣と卵管の切除を公表したのです。

 さて、女性の100分の1程度に過ぎませんが、男性にも乳がんができることがあります。この男性乳がんのほとんどにBRCAの変異が関係。その変異を持つ男性は、若くして前立腺がんや膵臓がんになりやすいという報告もあり、男性も無関係ではありません。

 もっとも、がんの原因のうち、遺伝が占める割合は5%程度。90%は遺伝とは無関係なタイプですので、遺伝性乳がんを過度に心配する必要はありませんが、乳がんの患者数は年々増えていて、新規発症者は約6万5000人。日本人女性の12人に1人が乳がんになる計算で、今や、女性がかかるがんのトップが乳がんです。

 乳がん患者急増の背景には、初潮の低年齢化と閉経の遅れ、少子化・晩婚化があります。乳がんは女性ホルモンが密接に影響していて、女性ホルモンにさらされている期間が長いほど発症しやすい。妊娠期間中はホルモン環境が変わって、女性ホルモンの刺激が減るため、少子化によって乳がんが増加するのです。

 女性ホルモンは、コレステロールから合成されることから、肥満も乳がんを助長。高カロリーな食の欧米化も、リスクを高めるといえます。

 2年に一度のマンモグラフィー検査が早期発見のカギですが、乳がん患者の56%が自己発見というデータもあります。セルフチェックももちろんですが、セックスのときにパートナーが気づくことも少なくありません。ぜひ、男性も乳がんに目を向けてください。

中川恵一

中川恵一

1960年生まれ。東大大学病院 医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授。すべてのがんの診断と治療に精通するエキスパート。がん対策推進協議会委員も務めるほか、子供向けのがん教育にも力を入れる。「がんのひみつ」「切らずに治すがん治療」など著書多数。