薬に頼らないこころの健康法Q&A

医師面接は従業員の会社批判を聞く場ではない

井原裕 独協医科大学越谷病院こころの診療科教授
井原裕 独協医科大学越谷病院こころの診療科教授(C)日刊ゲンダイ


 現在、工場を経営していて、従業員を70人程度抱えています。経営者としては労働安全衛生法の改正により今年12月からスタートする「ストレスチェック制度」は警戒せざるを得ません。この制度では、「従業員に対する不利益な取り扱いの防止」を強調しています。逆にいえば、この制度が労使間に微妙な影を落とすことになりかねないということにも受け取れます。これまで労使がうまくいっているだけに心配なのですが……。


 気がかりな点があるとすれば、それは「ストレスチェック後の医師面接」でしょう。これは、「事業者抜き」で行われます。ただ、忘れてならないことは、「ストレスチェック制度」では、面接指導の結果については事業者が医師から意見を聴取することになっているという事実です。

 面接結果は事業者側に伝わります。医師面接とは、従業員が事業者に内緒で医師に相談する場ではありません。むしろ、事業者と協力して、健康な働き方について医師に相談する機会であると理解していただくべきでしょう。

 私は産業医資格を有する精神科医であり、ストレスチェック後の医師面接を行う側です。その場合、事前に想定していることは、医師面接の場面で、こころの健康とは直接関係のない話題が出される可能性です。

 面接指導において、医師はストレス要因(人間関係、業務・役割の変化)、周囲のサポート状況などを従業員に尋ねるべきとされています。医師がこれらについて尋ねると、はからずも当該従業員から職場についての感情的な不満を引き出してしまう場合はあり得ます。

 ただし、医師に課せられていることは、あくまでもメディカルな指導です。第1に「保健指導」であり、第2に「受診勧奨」です。後者は、必要な場合にのみ、ごく控えめに行うにすぎません。中心は何をおいても保健指導にあり、ストレス対処法等のセルフケアの方法を指導することです。本人と一緒になって会社と対決することではありません。

 医師、とりわけ精神科医は、日常診療においても「『パワハラでうつ病になった』と診断書に記してほしい」と求められることはあります。ただ、医師は、「パワハラ」や「セクハラ」の現場を目撃しているわけではないし、その事実を立証すべき立場でもありません。

 それらの人権に関わる問題は、医師面接の場で扱うべき事項ではありません。むしろ、人権擁護委員なり、弁護士なり、労働基準監督署なりに相談すべきでしょう。特に人権擁護委員は、法務大臣が委嘱した民間人で、職務執行にあたり守秘義務も課せられています。いじめ、セクハラ、パワハラ等の相談も受け付けています。しかも無料です(連絡先は「みんなの人権110番」〈[電話]0570・003・110/全国共通〉)。「弁護士は金がかかる」「労働基準監督署では角が立つ」と思えば、こちらを利用するといいでしょう。

 ともあれ、制度というものは、すべて目的外使用のリスクをはらんでいます。ストレスチェック制度も例外ではありません。でも、これはこころの健康のための制度で、労務問題に関する制度ではありません。医師は健康管理の専門家にすぎません。労務問題、人権問題の専門家ではないのです。この自明の事実を、従業員も事業者も医師も、あらためて確認しておく必要がありそうです。

井原裕

井原裕

東北大学医学部卒。自治医科大学大学院博士課程修了。ケンブリッジ大学大学院博士号取得。順天堂大学医学部准教授を経て、08年より現職。専門は精神療法学、精神病理学、司法精神医学など。「生活習慣病としてのうつ病」「思春期の精神科面接ライブ こころの診療室から」「うつの8割に薬は無意味」など著書多数。