どうなる! 日本の医療

「地域包括ケア」の理想と現実

高齢になっても住み慣れた地域で暮らしたい
高齢になっても住み慣れた地域で暮らしたい(C)日刊ゲンダイ

 あなたは、「地域包括ケアシステム」という言葉をご存じだろうか?

 介護が必要になった高齢者も、住み慣れた自宅や地域で暮らし続けられるよう、「医療・介護・介護予防・生活支援・住まい」の5つのサービスを一体的に受けられることを目指した支援体制である。団塊世代が75歳を越える2025年に向け、「早急に導入を」と13年の社会保障制度改革国民会議の報告書で提唱された。

 以前からこの問題に取り組み、「地域包括ケアの課題と未来」という著書もある、虎の門病院泌尿器科元部長の小松秀樹医師に聞いた。

「10年後には、日常生活に支援や介護が必要な高齢者は現在の280万人から470万人へと急増し、65歳以上の高齢者のみの世帯数が全体の26%となります。高齢者対策は待ったなしです。ただでさえ逼迫している国の財政は、いよいよ苦しくなるでしょう。一方、高齢者の7割は最後は住み慣れた自宅、故郷で暮らしたいと考えています。ところが、高齢者の総数はピークを過ぎると減少するため、多くの介護施設は必要ない。そこで、在宅介護を軸に、必要に応じてサービスを30分以内に受けられるようにする。それが政府が考える地域包括ケアです」

 なるほど、結構な考え方だが、在宅医療・介護はかえってお金がかかる。日本社会そのものが破綻してしまうのではないか。

 高齢者以外の社会的弱者の救済も既に限界だ。社会保障費が抑制される中、日本全国で子供の貧困や生活苦を原因とする無理心中が急増している。14年に厚労省が発表した「子供の貧困率」は過去最悪の16.3%。実に子供の6人に1人が貧困に苦しんでいる。これは先進20カ国中4番目の高さだ。

 今の日本は、母子家庭より高齢者への支援が手厚い。10年の後期高齢者医療制度の総医療費は、患者負担を含めて12兆7000億円。一方で13年度の文教予算は5兆4000億円。75歳以上の高齢者の医療費に、全文教予算の2.5倍の金がつぎ込まれている。

「これでは現役世代の活力が失われ、将来が危うくなります。結果的に現役世代がやせ細り、高齢者を支えられなくなる。優先すべきは医療費の節約です」

 例えば、高齢者への多剤投与だ。単に無駄であるばかりでなく危険だ。抗がん剤にしても、効果が小さい割に高価なものが少なくない。

「その多くが欧米で開発されているため、医療費の多くが米国などに流れています。その分、医療費の増加が貧困家庭を圧迫して、高齢者を支える層がさらに薄くなる。むしろ、働き手の人口を増やして収入を上げることが、将来の高齢者対策なのです」

「寝たきりでも命がある限り生命維持を図る」という日本の終末医療の考え方も、今こそ国民的議論をすべきだと小松医師は言う。

「欧州では『人間、食べられなくなったら自然に命を任せる』という考え方が定着しているため、日本ほど胃ろうをしません。結果、『寝たきり老人』はほとんどいないのです」

 このままでは地域包括ケアの議論は遅々として進まないし、その中心的役割を果たすべき在宅専門医やリハビリ専門医の数を増やす工夫もない。やがて高齢者対策の議論は時間切れとなり、日本全体がうば捨て山になりかねない。

村吉健

村吉健

地方紙新聞社記者を経てフリーに転身。取材を通じて永田町・霞が関に厚い人脈を築く。当初は主に政治分野の取材が多かったが歴代厚労相取材などを経て、医療分野にも造詣を深める。医療では個々の病気治療法や病院取材も数多く執筆しているが、それ以上に今の現代日本の医療制度問題や医療システム内の問題点などにも鋭く切り込む。現在、夕刊紙、週刊誌、月刊誌などで活躍中。