介護の現場

3度の食事準備、トイレ掃除を続ける毎日

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 今年春、東京・新宿区内の日本料理店に勤務していた古川荘一さん(仮名、52歳)が退職した。店からクビを切られたとか、体調を崩したわけではない。惜しまれながら、20年近く勤めていた店を去った。理由は父親(79歳)の介護のためである。

 勤め先まで電車で約40分。立川市に住む古川さんは母が亡くなって以来、父親、妻と子ども2人の5人家族だった。

■離婚で家族“消滅”

 その家族も10年前に“消滅”した。父親の面倒を見ていた妻が離婚を切り出し、2人の子どもを連れて家を出たからだ。一戸建ての家に、古川さんと父親の2人だけの生活となった。

 もともと中小企業のサラリーマンだった父親は、途中で何度も転職を繰り返し、70歳直前に脳梗塞で倒れた。

 食事、排便等、日常生活は人に頼ることなく何とか自立できていたが、老いとともに体力が次第に弱体化。みるみる年老いていった。

「朝、勤めに出る時、父親をひとり家に置くのはやっぱり不安でしてね。帰宅すると、寒いのに風呂から上がったままの裸状態で、テレビをつけたまま居間に寝込んでいるわけです。こんな父の姿を何度も見ると、悲しくなりましてね、思い切って退職しました」(古川さん)

 しかし、いざ父親の介護を始めると、これが予想外にきつい。やがて老人ホーム関係の資料を集め、友人たちの話も聞くようになった。

 古川さんの月収は手取り30万円ほどで、住宅ローンの支払いがあと8年ほど残されていた。

 父親の収入は厚生年金と国民年金を合わせて月に約20万円である。父親を有料老人ホームに入居させるには家計的に無理。サービス付き高齢者向け住宅も、重度の介護状態になったら住み続けられないというデメリットがある。そこで月々、基本料金が9万~15万円という特養老人ホームを選択することにした。

 特養老人ホームに入居できる基本条件は、年齢が65歳以上で、「要介護度3」以上である。

 厚労省が定めている介護制度は要支援(1~2)から要介護度(1~5)まで7段階あり、「要介護度3」は「独り暮らしが不可能で、食事や排泄など第三者の援助が必要なレベル」と決められている。

 入居手続きは住居所在地の市に申請し、市が派遣した担当ケアマネジャーの面接から市の最終審査など、何段階かのハードルをクリアしなければならない。

「介護保険が適用される要介護度2は、車椅子を使用したりで、ひとりで寝起きなどが困難な人。また、特養入居の条件である要介護度3になりますと、食事や排泄がひとりでできない人になっています。ですから面接の時、事前に父に、『食事やトイレはもうひとりではできません』と言えと教えました(笑い)。実際は、トイレはよたよたと歩きながら行ってましたけどね。でも年寄りは、人前では少しでも良く見せたいのでしょうか。すごく元気なふりをするわけです」(古川さん)

 辛うじて古川さんの父親は、「要介護度3」に認定された。だが、特養老人ホームの入居は順番待ちだ。順番が来るまで古川さんは無職のまま日に3回、父親の食事を作り、汚れたトイレの掃除を続けなければならない。

■将来は考えられない

「私の老後? そんなことを考える余裕はありません。今は、私が倒れるのが先か、特養老人ホームの順番が来るのが先か、だけが関心事です」(古川さん)