医療数字のカラクリ

余命は長さよりその中身が大切

「“余命”は平均で表せるような単純なものではない」と繰り返し書いてきましたが、今日は余命自体について考えてみたいと思います。

 一言で余命といいますが、実はその中身は多種多様です。ベッド上で寝たきりの人から、普段通り仕事を続けている人まで、ひとくくりにしているわけですから、「余命3カ月」といっても実態が全然違うということは、容易に分かります。

 そもそも余命ということ自体、意味がないのかもしれません。平均だろうが中央値だろうが、90パーセンタイルだろうが、いかなる数字で余命を示そうとも、重要なのは数字で表される長さではありません。その「質」こそ重要ではないかと思うのです。問題は単に生きているかどうかということではなく、日々の生活を幸せに生きているかどうかだといえば、もっと分かりやすいかもしれません。

 もう少し具体的に書いてみましょう。たとえば進行がんで残された時間はそれほど長くないかもしれないという状況で、残り時間の大部分を治療のための通院や、病気と闘うためのいろいろにつぎ込んでしまって、ほとんど自分や家族との時間がないままに6カ月生きるというのと、通院もせず民間療法にも頼らず、残されたすべての時間を自分と家族のために使って1カ月を過ごすというのとでは、どちらが幸せかということです。

 片や余命は6カ月ですが結局、苦しい治療をしていただけ。片や余命は1カ月でしたが、その時間を家族とともに幸せに過ごせたわけです。みなさんはどちらを選ぶでしょうか。考えてみてください。

名郷直樹

「CMECジャーナルクラブ」編集長。東大薬学部非常勤講師。東大医学教育国際協力研究センター学外客員研究員、臨床研究適正評価教育機構理事)自治医科大卒。名古屋第二赤十字病院にて研修後、作手村国民健康保険診療所にてへき地診療所医療に携わる。95年同診療所所長。05年東京北社会保険病院臨床研修センター長。「『健康第一』は間違っている」などの著書がある。