天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

拒否反応、アレルギー、貧血を抑える自己血輸血

順天堂大医学部の天野篤教授
順天堂大医学部の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ


 狭心症で冠動脈バイパス手術を勧められていますが、正直、手術中の輸血に不安があります。輸血をせずに手術を受けることは可能でしょうか?(76歳・男性)


 心臓手術は、血液が流れる血管やポンプの役割がある心臓にメスを入れるため、どうしても「輸血」が必要になるケースがあります。そうなったとき、以前は血液製剤を使った輸血が一般的でしたが、最近の予定手術では可能なら血液製剤はなるべく避けて、自己血を使う方法が広まってきました。

 輸血には、献血から製造された血液製剤を使う「同種血輸血」と、術前に本人から採血して貯蓄しておいた血液を使う「自己血輸血」があります。血液製剤は、赤十字血液センターが製造・供給しています。精密な検査や処理を行って管理されているので安全性は高く、輸血による感染症や合併症を起こすリスクはほとんどないといっていいでしょう。しかし、患者さんによっては“他人の血”が合わず、アレルギー反応や拒否反応による合併症を起こす可能性もゼロとはいえません。自己血なら、そうした合併症を回避できるのです。

 また、自己血を使うと術後の貧血を抑えられるメリットもあります。多くの場合、出血を伴う手術の後は貧血の状態が残ります。しかし、自己血を使って手術を行った後、徐々に回復して歩けるようになってくる最後のツメの段階で、手術で使わなかった自己血を体内に戻すと、貧血が劇的に改善します。患者さんはより元気な状態で社会復帰できるようになるのです。

 こうした自己血輸血は、90年に「貯血式自己血輸血」、94年に「術中術後自己血回収術」が保険適用されたことで広まってきました。ただし、輸血部などの専門科がある大学病院や基幹病院でなければ、本格的な実施は難しいのが現状です。

 私が勤務している順天堂大学病院の場合、通常の手術なら800㏄、大きな手術であれば1600㏄の自己血を用意してから手術に臨みます。患者さんには、手術を受ける前に通院してもらい、エリスロポエチンという造血剤を服用しながら2週間で400㏄ずつ貯蓄していきます。

 採取した血液は冷凍保存して、手術の際に解凍して使います。貯蓄した自己血は冷凍すれば半年~1年後くらいまで使うことができますが、冷凍も遠心分離もしなければ、2週間で“有効期限”が切れてしまいます。そのため、そうした設備や専門科がある施設でなければ本格的な自己血輸血は難しいのです。

 患者さんの健康状態によっても自己血輸血ができないケースがあります。基本的に、血液を採って貯蓄できる人は心臓の病気以外は健康な人に限られます。腎臓の機能が悪い人、高齢で体質的に貧血がある人、消化管に出血がある人は難しいと考えてください。

 エリスロポエチンという赤血球の産生を促進するホルモンは腎臓で作られています。腎機能が悪い人はそのホルモンが作られないため、造血剤で補いながら改善していきますが、大抵の場合は追いつきません。また、高齢と腎機能の悪化は重なることが多いので、そういう患者さんの場合は、血液製剤による輸血で手術を行います。

 また、病状によっても自己血輸血はできません。まだ待機できる状態で、予定手術を行う患者さんに限られます。解離性大動脈瘤などによる緊急手術の場合はもちろん無理ですし、重症の大動脈弁狭窄症の患者さんは、血液を貯蓄すること自体が大きなリスクになります。貯血している最中に致命的な合併症を起こす可能性があるので、その間に手術してしまったほうがいいでしょう。

 自己血輸血による手術は、輸血部などの専門科があり、自己血を貯蓄できる設備がある病院なら、手術の前に医師から提案されることが多いと思います。もちろん、患者さんの方から「自己血輸血の手術ができますか?」とたずねてみるのもいいでしょう。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。