Dr.中川のみんなで越えるがんの壁

【大橋巨泉さんのケース】5度の手術は一貫して手術か放射線

大橋巨泉さん
大橋巨泉さん(C)日刊ゲンダイ

 がんとうまく闘っている方がいます。タレントの大橋巨泉さん(81)です。今秋の検診で左右の肺の間の縦隔にあるリンパ節に2つの腫瘍が見つかり、先月14日、リンパ節を摘出したと報道されました。2005年6月に胃がんで、胃を半分切除して以来、4度目の転移だそうです。

 経過は順調らしく、すでに退院し、先月30日にはがん啓発イベントに参加。「がんの治療の影響で変なかすれ声が取れない」と苦笑いしながらも顔色はよく、元気で、主治医には、「『大橋さんはついてる。手術で取れるところに飛んで(転移)いる』と言われた」と語っていたそうです。

 言葉通りに解釈すれば「運がいい」ということですが、運のよさだけではありません。これまでの5回のがんで選択された治療法を知ると、揺るぎない信念が感じられるのです。

 胃がんとは別にできた中咽頭がんは13年11月に摘出。その1年後には、今回と同じ縦隔リンパ節への転移が判明し、30回の放射線で治療。そして今年5月には、右肺への転移が見つかり、右肺の3分の1を切除しました。治療法は一貫して、手術か放射線なのです。

 一度放射線を照射した部位には、もう一度照射することがまずできません。今回、縦隔リンパ節を切除したのは、放射線ができなかったためと思われます。これだけがんが全身に転移していると、医師によっては抗がん剤が勧められるはず。現実的には、そんな医師の方が多いかもしれませんが、大橋さんは手術を受けているのです。先月の手術から5日後には、ゲストとしてテレビ番組の収録に臨んでいます。

「週刊現代」のコラムには、「いつも1個か2個、しかも手術可能なところに転移してきた。こういう人はタマにいて、結構生きるんだそうだ。だからこの状況が続くかぎり、出てくる癌を『モグラ叩き』のようにやっつける事にしている」と書かれていますから、意識的に抗がん剤ではなく、手術を選択していることがうかがえます。

 大橋さんががんに立ち向かう姿勢は、参考になるでしょう。実は、胃や肺、大腸など臓器にできる固形がんを根治する方法は、手術か放射線の2つ。抗がん剤で治癒が望めるのは、血液のがんなどごく一部。根治を目指すなら、この2つを選択すべきで、大橋さんは見事に実践しているのです。

 がんの発生場所は「運のよさ」かもしれませんが、抗がん剤治療を選択しなかったのは、大橋さんの意思によるもの。体に最も負担の少ない治療を続けてきたことで、5回ものがん治療を受けながら、今なお現役でバリバリと仕事を続けられるのでしょう。

 では、手術が難しい場所なら、どうするか。そういうときは、ひとりで悩まず、放射線治療医を受診してセカンドオピニオンを求めることをお勧めします。

中川恵一

中川恵一

1960年生まれ。東大大学病院 医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授。すべてのがんの診断と治療に精通するエキスパート。がん対策推進協議会委員も務めるほか、子供向けのがん教育にも力を入れる。「がんのひみつ」「切らずに治すがん治療」など著書多数。