介護の現場

何度もブザーを鳴らす入居者に「押しすぎると爆発しますよ!」と警告

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

「ウソも方便」は使い古された言葉だが、高齢者介護には欠かせない用語だ。

 東京・板橋区内に住む中村貴一さん(48歳=仮名)は、介護福祉士の免許を所有し、介護歴も10年になる。

 これまで特別養護老人ホームなど高齢者施設に勤務してきた。現在は都内にある民間の生活保護者専門の老人ホームで働き、3年目を迎えた。

 生活保護受給者が入所できる高齢者の施設は、「介護老人保健施設」「介護老人福祉施設」「養護老人ホーム」「認知症対応型グループホーム」などがある。

「長いこと母の介護をした経験がありましたから、老人介護の仕事とはどんなものか分かっているつもりでした。そうこだわりもなく入りました。しかし、数人の高齢者を同時に介護する神経の使い方ときつさは半端ではありません」

 住民票を置く地域によって、生活保護の受給金額に若干の差があるが、おおよそ月に12万~14万円が相場。中村さんの施設は、住居費6万5000円、1日の食費約1600円、他におむつ代などの費用がかかる。施設から歯科医など医療機関に通う治療費は無料だ。

 施設の勤務時間は1日3交代制で、主な職務は寝起き介護、入浴介護、食事介護、おむつ交換等で、とくに月に4回ほどある夜間当番は神経をすり減らす。

 各部屋には職員休憩室に通じる呼び出しブザーが設置されている。これをむやみに鳴らす入居者が多い。

「おむつ交換の要求ならわかります。しかし、高齢者には、『寝たら、もう翌朝は起きられない』という死の恐怖感を抱く人が少なくありません。だから“眠れない”と、ブザーを鳴らすのです。一晩で何度もブザーを鳴らす入居者には、『あまり鳴らすとこのボタン、爆発しますよ!』と警告しています」

 また、こんなケースも。認知症が進んでいる入居者の就寝介護を終えた夜の10時。ホッと一息ついていると、その入居者が30分ほどして起きだし、「これから自宅に帰りたい」とわがままを言う。

「もう最終バスが出ましたから帰れませんよ。明日にしましょう。そう説得して部屋に戻します」

 昨年の秋、神奈川県川崎市内の有料老人ホーム施設で、同じ施設から3人の入居者が立て続けに転落死した。詳細な原因はまだ不明だが、中村さんは「外部にはうかがいしれない問題があったのかもしれない」という。本人はもちろん、遺族にとってもいたたまれない。

 現在、大卒の初任給が平均月額20万円前後。中村さんも大卒で、もう50歳に近い年齢なのに月収は30万円に満たない。

 中村さんの趣味は、生活費を切り詰めた蓄えで実施する年2回の海外旅行だ。それも一風変わっている。韓国、台湾、グアム、ハワイ……。目的地がどこでも、買い物や食べ歩きなどは皆無。

「呼び出しブザーが鳴らないホテルの部屋で、一日中、窓から外の風景や人の往来を眺めているだけ。自分を取り巻く日本の風景や実生活からできるだけ遠ざかっていたい。神経の癒やしが海外旅行の目的なのです」