どうなる! 日本の医療

IT化が名医をつぶす

(提供写真)

 国民の医療費が40兆円を突破するなか、医療機関のIT化も急ピッチで進んでいる。医療資源の効率化をはかり、より高い安全性を確保するというのだが、思惑通り進むのか。長浜バイオ大教授の永田宏氏(医療情報・医療経済学)が言う。

「日本の医療機関のIT化は1960年代に始まり、当初は主に保険点数などの医療費計算に投入されました。それが90年代にはカルテの電子化、病院内での患者さんの放射線映像の共有化、さらには3D画像を使った手術前シミュレートなどにも利用されています。いまや、ITは病院に欠かせない存在です」

 つまり、①医療事務作業の効率化、確実性、②患者への情報提供、③注射薬や血液製剤などの誤投与防止、意思伝達の誤りでの事故防止など医療の安全管理、さらには経営状況の把握や向上、人事管理にも不可欠だという。

 だが、急ピッチなIT化に伴うデメリットもある。ひとつはIT技師の不足だ。日本医療情報学会は病院専門のIT技術者を育成するため、03年から医療情報技師試験を始めた。医療知識、情報処理技術、医療情報システムの3つの知識を身に付けた医療に特化したIT技術者を育成するためだ。

 ところが、システム運営に役立つ上級合格者は年間30人ほど。技術者不足から、医療機関の間で技術者の争奪戦が起こりつつあるという。

 また、病院のIT化には莫大な資金が必要だ。通常、300床から499床の病院ではIT化に平均約4.9億円(10年時点、日本病院会調査)かかるという。

「IT化のコストが経営を圧迫する病院も少なくありません。実際、ソフトウエアの更新、セキュリティーの強化、IT技術者の人件費などの資金を確保するため、各診療科の先生方に“売り上げアップ”をお願いすることもあります」(首都圏の病院事務員)

 IT化のしわ寄せは患者の診療内容にまで及ぶケースもある。例えば高血圧の患者がある病院を訪ねたとしよう。かつてはその病院に所属するA先生とB先生とでは見立ての違いから、処方する薬が異なることが当たり前だった。ところが、今はIT化で病院全体の標準化が進み、同じ高血圧ならその病院のどの先生に診てもらっても同じ薬、治療法になりつつあるという。

「厚労省も治療ガイドラインを強調しています。そのため、病院はガイドライン通りにやれば訴訟になっても『ガイドラインに沿ってやった』と逃げられます。つまり、IT化、標準化、ガイドラインが、“この病にはこの治療のほうがいいのでは”という本来の医療の医師の熱意、工夫が発揮しにくい状況を生みつつあるのです」(永田氏)

 患者は一人一人、状況が違い、求められる治療内容も違う。IT化は必ずしも患者のためになるとは限らない。

村吉健

村吉健

地方紙新聞社記者を経てフリーに転身。取材を通じて永田町・霞が関に厚い人脈を築く。当初は主に政治分野の取材が多かったが歴代厚労相取材などを経て、医療分野にも造詣を深める。医療では個々の病気治療法や病院取材も数多く執筆しているが、それ以上に今の現代日本の医療制度問題や医療システム内の問題点などにも鋭く切り込む。現在、夕刊紙、週刊誌、月刊誌などで活躍中。