薬に頼らないこころの健康法Q&A

「うつ病」だと思ったら貧血だった!?

井原裕 独協医科大学越谷病院こころの診療科教授
井原裕 独協医科大学越谷病院こころの診療科教授(C)日刊ゲンダイ

【Q】
 26歳の女性です。設計事務所に勤務しています。このところ疲れやすく、からだが重く感じます。集中力が落ち、頭がぼんやりし、急に動悸や息切れがすることもあります。ネットで調べたら、うつ病やパニック障害に該当するようでしたので、総合病院の精神科で診てもらいました。採血後に告げられたのは、「うつ病ではなく、貧血です。鉄分が足りない」ということ。抗うつ剤ではなく、鉄剤が出されました。ほんの4カ月前の定期健康診断のときには何も言われませんでしたので、少々意外でした。「うつ病だと思ったら、実は貧血」、そんなことがあるものでしょうか。

【A】
「鉄欠乏性貧血」になると、うつ病そっくりの症状が出ます。憂うつ感、倦怠感、疲れやすさ、集中力の低下、頭痛、めまい、不安、動悸、息切れなどです。「うつ病そっくりの貧血」「パニック障害そっくりの貧血」については、精神科医仲間でも最近、その話でもちきりです。

 日本全体で女性たちの鉄欠乏性貧血の増加は、深刻な問題となっています。ほとんどが女性、それも20~40代の女性に多く、50代以上の女性や男性にはあまりみられません。このことでお気づきでしょうが、この年代の女性は、「月のもの」があって毎月相当の量の鉄分を失います。失った分だけ補えればいいのですが、実際には鉄の摂取量は国民的な規模で減少しています。

 厚労省の平成20年国民健康・栄養調査報告によれば、1955~75年にかけては、1日13~14ミリグラム程度を摂取していたのが、85年ごろから下がりはじめ、2001年以降は実に8ミリグラム以下まで下がっています。

 国民的なレベルでの女性の鉄欠乏については、そのほかにも数々のデータがあります。日本赤十字社は、血液事業を通して国民の貧血の状態についての膨大な情報を持っています。貧血気味で献血できなかった人は、やはり20~40代の女性に高頻度に出ています。

 この女性の場合は、4カ月前の定期健康診断の採血では、貧血だとは言われていなかったようです。これは、おそらく採血の際のヘモグロビンの量が一定値を超えていたため、貧血とはみなされなかったのでしょう。

 体の中の鉄については、通常の健診でチェックするヘモグロビンの値だけをみても、貧血の実態はつかめません。この点は、血糖値だけをみても糖尿病の実態をつかめないことと似ています。貧血の実態は、ヘモグロビンの値ではなく、体内に蓄えられた鉄の量をみなければなりません。現在の検査技術では、体内貯蔵鉄を最も反映しているのが血清フェリチン値というものです。

「血清フェリチン値がこの値だと貯蔵鉄はこれぐらい」といった目安があって、それにしたがって貯蔵鉄の減り具合を推定しているのです。

 最近、医者たちの間でしばしば警告されているのは、「ヘモグロビン値だけで判断するな」ということです。ヘモグロビン値は正常値なのに、血清フェリチン値が異常低値にある人は珍しくありません。したがって、健診で貧血を指摘されていなくても、実は貧血という場合はあります。20~40代の女性でうつ病ではないかと思われる人の場合、その可能性を念頭に置く必要がありそうです。

井原裕

井原裕

東北大学医学部卒。自治医科大学大学院博士課程修了。ケンブリッジ大学大学院博士号取得。順天堂大学医学部准教授を経て、08年より現職。専門は精神療法学、精神病理学、司法精神医学など。「生活習慣病としてのうつ病」「思春期の精神科面接ライブ こころの診療室から」「うつの8割に薬は無意味」など著書多数。