しなやかな血管が命を守る

米国立衛生研究所の「最高血圧120以下を目指せ」は本当か?

東邦大学佐倉病院の東丸貴信教授
東邦大学佐倉病院の東丸貴信教授(C)日刊ゲンダイ

 冬は血圧が上がり、脳卒中が増える季節です。日本の人口の3割以上といわれる血圧の高い人は、急激に血圧が上がらないよう、外に出るときや脱衣所などで注意する必要があります。

 血圧を下げれば心臓や脳の致命的な病気(心血管イベント)は減ることが知られていますが、どの程度まで下げればいいか、必ずしも見解は一致していません。

 一般的には「最高血圧を140mmHg以下に下げれば十分」といわれていますが、今年の「欧州心臓病会議」や「米国心臓協会総会」などで「最高血圧(収縮期血圧)を120mmHg以下に保つのが望ましい」とする米国立衛生研究所の衝撃的な研究(SPRINT)が発表されました。

 これは、50歳以上で1つ以上の心血管病リスクを持つ、あるいは75歳以上の高血圧患者を対象に、家庭での血圧を「120mmHg未満にした人」と「140mmHg未満にした人」の間で心血管イベントを比較した研究です。対象者は平均年齢69歳の9250人で、慢性腎臓病合併2648人、心血管病既往1877人が含まれていました。糖尿病と脳卒中の患者は外されていますが、心不全リスクの高い人たちです。

 その結果、120mmHg未満群は140mmHg未満群と比較して、心血管病イベント(心筋梗塞などの急性冠症候群、脳卒中、急性非代償性心不全、心血管死)が約30%、死亡が約25%少なかったことが明らかになったのです。対象者のほとんどに、心不全治療作用がある利尿薬が併用されています。

 現在の内外のガイドラインでの降圧目標は「140mmHg以下」です。この研究結果から、「血圧を120mmHg以下に厳格にコントロールするように変更した方がいいのではないか」との声が上がりそうです。本当に、すべての高血圧症の人たちの血圧目標を今より20下げることが正しいのでしょうか?

 答えは「ノー」です。「単純に変えることはできない」というのが私の考えです。このSPRINT研究では、心不全発症と心血管死のみが大幅に減少していますが、これまでの研究報告と同様に、脳梗塞、心筋梗塞などでは差がありません。

 また、血圧の下げ過ぎで、めまいや転倒リスクはやや増加しています。さらに、利尿薬などの併用によって、腎臓が悪くなる人も増えています。

 心不全治療作用がある利尿薬を増やして血圧を下げると、利尿作用によって、心不全が起こりにくくなり、ひいては心血管死が減るということになります。日本でも多く使用されているカルシウム拮抗薬など他の薬を増やして血圧を下げても、同等の作用があるかどうか、この研究からだけではわからないのです。

 その上、今回の研究期間は3年余りという短期であり、腎機能悪化、ナトリウム、カリウムなど電解質バランスの乱れ、めまいによる転倒リスクなどは、長期に観察して初めてその大きな影響が出てくると考えられます。

 降圧の方法や目標値は人により微妙に異なるはずです。この研究でいえることは、「血圧下げ過ぎに耐えられる心不全リスクのある高血圧がある人の多くで利尿薬を併用して血圧が厳格にコントロールされると、心不全とこれによる死亡が予防される」ということでしょう。

東丸貴信

東丸貴信

東京大学医学部卒。東邦大学医療センター佐倉病院臨床生理・循環器センター教授、日赤医療センター循環器科部長などを歴任。血管内治療学会理事、心臓血管内視鏡学会理事、成人病学会理事、脈管学会評議員、世界心臓病会議部会長。日本循環器学会認定専門医、日本内科学会認定・指導医、日本脈管学会専門医、心臓血管内視鏡学会専門医。