天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

目に見えない機器の進歩が治療を発展させる

順天堂大医学部の天野篤教授
順天堂大医学部の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ

 前回、前々回と「外科手術の進歩と発展」についてお話ししてきました。近年は、負担が少ない「低侵襲手術」がクローズアップされていますが、これまで外科手術は「より速く、より確実に、より安全に」という方向性で進歩してきた歴史があります。

 ただ、人間が行う手術の方法や技術そのものは、かなり限界まで到達している印象です。今後は、診断から手術、術後の回復までをトータルで見たときに、さらに速くかつ安全で確実なものにするという方向に進歩していくと思われます。手術の過程の一部にロボットを使用するなど、プラスアルファの部分での進化が進むでしょう。

 そもそも、大きく開胸せず、狭い視野の中で従来と同じような手術を行う低侵襲手術は、術前の診断機器が格段に進歩したからこそできるようになった方法です。以前は、詳細な心臓の画像診断ができなかったため、まずは大きく開胸して広い視野をしっかり確保する必要がありました。

 しかし近年は、心臓のCT、MRI、エコーといった画像診断が驚くほど進化しています。3D―CTでは、心臓の状態、弁の動き、冠動脈などを立体的にはっきり映し出すことができます。エコーも、カラー化と3次元の描写により、詳細まで判別できるようになりました。

 診断機器の進歩によって、どこからアプローチしてどの部分をどう処置すればいいかを術前にシミュレーションできるようになり、小切開による視野の狭さや手技の制限を受ける低侵襲手術を可能にしたのです。もちろん、従来の外科手術も、さらに速く確実にできるようになりました。

 心臓手術における進歩は、目に見えない部分でもたくさんあります。たとえば、不整脈の治療のために胸に埋め込んで使用する「ペースメーカー」がそうです。

■MRI対応ペースメーカーが登場

 これまでのものは、磁気によって強制的にモードが切り替わってしまうことから、MRI検査を受けられませんでした。MRIは、強力な磁場と電磁波を体に当てることで画像を描写するからです。

 しかし、最近になってMRI対応のペースメーカーが登場し、爆発的に広まっています。心臓のトラブルは高齢になると増えてきます。その年代は、脳や脊椎といったMRI検査が必要な病気にかかる確率もアップしますから、当然の流れといえるでしょう。

 これまで、ペースメーカーを埋め込んでいる患者さんは、心臓以外に新たにそうした病気が発覚しても検査を受けられず、治療法が組み立てられないケースもありました。それが、MRI対応のペースメーカーの登場によって、新たな病気の治療の可能性が閉ざされないで済むようになったのです。

 MRI対応のペースメーカーは、従来のものより高額ですが、それが将来的に必要になる患者さんはたくさんいるといえます。希望する場合、ペースメーカーの埋め込みを行う前に、担当医に「MRI検査ができる機種かどうか」をたずねてください。何も言わなければ、病院や施術医師の判断で非対応のペースメーカーを埋め込まれてしまう可能性があります。

 目に見えない機器としては、心臓弁膜症の手術で使われる「人工弁」も進歩しています。心臓の弁を交換する弁置換術では、「機械弁」か「生体弁」を使用します。生体弁の場合、経年劣化が避けられないため、いずれ再手術が必要になるケースがほとんどでした。

 しかし、「TAVI」(経カテーテル大動脈弁留置術)という血管内治療が登場して、再び開胸することなく新しい生体弁に交換することが可能になりました。これに合わせ、最近の生体弁の中には、将来的にTAVIができるよう、石灰化の方向に劣化していくものが開発されています。

 こうした機器の進歩を知っている人と知らない人では、いざそうなってしまった時に大きな差が出てしまいます。だからこそ、患者さん自身が将来の病気や治療まで見越した発想を持ち、賢くなる必要があるのです。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。