しなやかな血管が命を守る

【肺血栓塞栓症】血の塊が肺血流を止めて突然死をもたらす

(C)日刊ゲンダイ

 命にかかわる循環器の病気といえば、「心筋梗塞」「大動脈瘤・大動脈解離」「肺血栓塞栓症」が代表的です。「『心筋梗塞』や『大動脈瘤・大動脈解離』は聞いたことがあるが、『肺血栓塞栓症』って何?」と首をかしげる方もおられるかもしれません。しかしその患者数は日本で約8000人と、決して侮れない病気です。

 心臓から肺へ血液を運ぶ動脈が「肺動脈」です。長時間飛行などで足を動かさなくて血液の流れが悪くなると、静脈血栓ができます。これを「深部静脈血栓症」といいますが、この血栓が歩行などをきっかけに足の血管から離れ、肺の血管が詰まるのが「急性肺血栓塞栓症」です。2つをまとめて「静脈血栓塞栓症」と呼びます。

 深部静脈血栓症の原因は、①手術(特に整形外科や脳神経外科)、転倒、炎症、および薬品による静脈の内皮障害②長距離飛行や手術・ケガで動けなくなって生じる血流停滞③遺伝子変異やプロテインC・Sの遺伝子欠損、抗リン脂質抗体症候群、多血症、避妊ピルやホルモン代替療法、妊娠、がんによる血液の凝固亢進が挙げられます。特に心不全や急性心筋梗塞では合わさった作用で血栓ができやすくなります。

 一定以上の大きさの血栓が肺動脈を閉塞すると、突然の呼吸困難や胸痛が生じます。肺動脈の血流が減るので低血圧から失神やショックになることもあります。また、血痰、倦怠や不安感、動悸、冷や汗などの症状が出ることも。

 出血すると傷口を塞ぐためにフィブリンができて止血されますが、しばらくすると血流を止めないためにプラスミンという酵素がフィブリンを溶解します。その分解過程でできるのがDダイマーです。これは血栓で増加するので、Dダイマー上昇は血栓の診断に役立ちます。

■超音波検査で早めに診断、CTで確定

 胸部X線、心電図や血液検査では診断が難しく、最新の欧州の研究では、「超音波での肺梗塞所見」「心エコー検査による右心負荷」「深部静脈血栓症」の3所見があれば8割の確率で肺血栓塞栓症であり、そうでなければ完全に否定できると報告されています。

 これに肺動脈造影CT検査で血栓の詰まりが確認できれば確定です。

 肺血栓塞栓症はほとんどが重症で、2割程度は肺梗塞となります。死亡率は14%で、ショックになると3割が死亡するといわれています。

 しかし、適切な治療で死亡率は2~8%程度に抑えられるとの報告もあり、迅速な診断と積極的治療が大事です。

 急性肺血栓塞栓症の治療は、①血栓を溶かす②血管内治療、そして③外科的治療のいずれかです。

 ヘパリン、抗トロンビン薬や第X因子阻害薬などの抗凝固薬も使われますが、ショックなどがある重症患者では、ウロキナーゼや組織プラスミノーゲン・アクチベーター等の血栓溶解剤を使います。また、カテーテルを肺の血管の中まで挿入して、血栓を溶かしたり壊したり吸引して取り除く血管内治療も行われます。

 それでダメなら「肺動脈血栓摘除術」という手術があります。なお、深部静脈血栓が残っていれば、下大静脈フィルターという網状の装置を入れて、血栓が肺に飛ばないようにすることもあります。胸痛・息苦しさ・低血圧があれば、この致命的病気の可能性がありますが、素早く診断することで、かなりの人は助かるのです。

東丸貴信

東丸貴信

東京大学医学部卒。東邦大学医療センター佐倉病院臨床生理・循環器センター教授、日赤医療センター循環器科部長などを歴任。血管内治療学会理事、心臓血管内視鏡学会理事、成人病学会理事、脈管学会評議員、世界心臓病会議部会長。日本循環器学会認定専門医、日本内科学会認定・指導医、日本脈管学会専門医、心臓血管内視鏡学会専門医。