天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

高額な心臓手術 過剰な治療を避けるには“見積もり”を取る

順天堂大学医学部の天野篤教授
順天堂大学医学部の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ
診療報酬をごまかす病院もある

 前回、紹介したように、心臓の手術はそれなりに高額です。病状などによっても変わりますが、2週間弱の入院を含めておよそ300万~500万円(3割負担で約100万~150万円)ほどかかります。トータルで800万円(3割負担で240万円)になるような手術もあります。

 高額療養費制度を利用すれば、患者さんの自己負担額は10万円程度に収まることが多いのですが、病院側は患者さんが負担する医療費だけでなく、治療にかかった金額の差額を公的保険機関から診療報酬として受け取ります。これを悪用し、本来なら必要ないようなオーバーな治療をして、診療報酬を“過剰請求”しているような病院も残念ながら存在します。

 手術にかかる医療費は、医師の「手技料」と、さまざまな医療機器や材料の費用を合算して計上されています。

 手技料は、病気やそれに対して行う治療ごとに細かく点数=費用が定められています。たとえば、詰まってしまった血管に別の部位の血管をつないで迂回路をつくる冠動脈バイパス手術の場合、詰まっている血管の本数によって手技料が変わってきます。1本なら71万5700円で、2本以上なら89万2500円になります。心臓の弁を交換する弁置換術では、1個取り換えると79万8600円、2個になると93万円、3個だと106万4800円の手技料がかかるのです。

 交換する弁が1個と3個では、30万円近い差があります。悪徳な病院は、こうした差額に目をつけて悪用しているのです。本来なら1個だけ弁を交換すれば問題ない患者さんに対し、他の健康な弁にも「検査で異常が見つかった」と説明して“偽病名”を付け、残りの2個の弁も交換するような医療行為です。そうすれば、1人の患者さんにつき30万円ずつ多く診療報酬を請求できます。

 これを5人に繰り返せば、150万円になるわけです。

 手術が行われる前には、どこにどれだけの費用がかかるのかを細かく記載した「レセプト」(診療報酬明細書)が作成されます。患者さんにもレセプトをお渡しして手術の説明をします。

 保険機関は、このレセプトを確認して病院の不正請求をチェックしていますが、基本的には「レセプトの病名は正しい」という前提に立っています。そのため、病院側が本来なら問題ないくらい小さな異常を検査で見つけ出し、それに病名を付けてしまえば、すんなり通ってしまうのです。

 2009年、患者に不要な手術を行って死亡させてしまった奈良の山本病院は、他にも必要のない検査や治療を繰り返して不正請求を重ねていました。経営が苦しい民間病院の中には、この手の不正請求をいまだに行っているケースがあるのです。

 こうしたいい加減な病院に騙されないようにするには、まず病院に「手術や治療の費用はどれくらいかかるのか」をたずねて“見積もり”を取ってください。信頼できる病院なら、本人が加入している公的保険の種類や、加入している民間保険などを考慮して治療費の概算を出してくれます。

 見積もりを取るだけで、その後は治療を受けなくても問題ありません。出してもらった概算をチェックして、疑問があれば質問する。それで不審な点があるようなら、別の病院でセカンドオピニオンを受ければいいのです。

 また、通常なら問題ない初期の病変が検査で見つかって、「手術しないと危ない」などと騙されてしまう患者さんは、金銭的に余裕がある人が多いといえます。それなりの検査費用がかかるのに、早い段階で病院に行くということは、それだけ経済的に恵まれた環境にいるということでもあります。そういう患者さんは、高額な手術を勧められてもすんなり支払える場合が多いので、目を付けられやすいのです。もちろん、多くは信頼できる医師や病院といえるでしょう。ただ、中には患者を騙そうとする病院もあるという現状を知っておくことは、自分の身を守ることにつながります。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。