見逃される高齢者の「うつ病」は認知症の誤診が招く

本当はうつ病かも…
本当はうつ病かも…(C)日刊ゲンダイ

「高齢者のうつ病を認知症と誤診しているケースが多い」と指摘するのは、くどうちあき脳神経外科クリニックの工藤千秋院長(日本認知症学会認定医・指導医)。それが取り返しのつかない結果を招いていることがある。

「物事を覚えられなくなった」「変な行動・言動が目立つようになった」「ぼーっとするようになった」――。認知症を疑って受診する患者は、大きく3つに分類できるという。このうち問題となるのは、「ぼーっとするようになった」だ。

「記憶力テストを行うと点数が悪い。そこで認知症と診断されるのですが、実はうつ病ということがよくあるのです」

 うつ病では、注意力や意欲の低下が見られる。それが、記憶力テストの点数の悪さにつながる。

「認知症を診断するには、記憶力、認知症の問題行動、日常生活、高齢者のうつ、MRIなどの画像検査といったように、複数のスケールを用いなくてはならない。しかし、これらによる評価は専門医でなければ難しい」

 認知症の専門医の数は少なく、たいていの高齢者が受診する医師は、専門医以外だ。すると、記憶力テストだけの判断になり、うつ病が見逃されてしまう。

「適切な治療を受けられないばかりではなく、うつ病を悪化させてしまいかねない。認知症は励ますことが進行を遅らせることにつながるのに対し、うつ病は励ましが症状悪化につながるからです。もちろん、薬の処方も認知症とうつ病では異なります」

■放置すると本格的な認知症に移行

 近年になって、「高齢者のうつ病を適切に治療しなければ、認知症に至る可能性がある」ということも明らかになってきた。

「うつ病の高齢者の中には、症状が認知症と似ている『うつ病性仮性認知症』があるのです。このうつ病性仮性認知症の場合、治療が行われなければそのうち軽度の認知症に至り、やがては本格的な認知症へと“移行”してしまうことがあります。言い換えれば、うつ病性仮性認知症まではうつ病治療で回復する。うつ病を見逃さないことは認知症に至るのを防ぐチャンスなのです」

 前出の「物事を覚えられなくなった」「変な行動・言動が目立つようになった」という症状なら、認知症専門医以外でもある程度は正しい診断ができる。しかし「ぼーっとするようになった」は、認知症とうつ病の見極めが難しい。日本認知症学会のホームページなどで専門医を探し、そちらを受診すべきだろう。

 そもそも、認知症であっても、初期ではうつ症状が見られることがある。

 認知症の母親を撮ったドキュメンタリー映画「毎日がアルツハイマー」の関口祐加監督は、介護に関わるさまざまな人が集い意見を交わす「かいご楽快」で、「母親が認知症と診断された最初の2年半、家に閉じこもった」と話している。後に専門医から「初期はまだらぼけ。自分に起きていることが分かる。お母さんはそれに戸惑い、苦しんでいるのだ」と指摘され、母親の行動の意味を理解できたという。

 医師も家族も「年を取っているから、認知症という診断は間違いないだろう」と思いがちだ。しかし本当にそれは正しいのか? 認知症によるまだらぼけに苦しんでいるのか? あるいは、うつ病なのか? しっかり見極めるために協力できるのは家族しかいない。

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