Dr.中川のみんなで越えるがんの壁

【胃がん】ピロリ除菌と胃カメラで予防&早期発見

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 黒沢明の名作「生きる」には、体調不良で診察を受けた主人公が「軽い胃潰瘍」と告げられるシーンがあります。本当の病名は胃がん。映画が上映された1950年代、がんの告知はなされておらず、胃がんは胃潰瘍の名目で手術されていたのです。

 それから60年余り経過した現在、胃がんの原因のほとんどがピロリ菌の感染であることが分かり、除菌で予防できる可能性が示唆されています。そこで、厚労省は胃がん予防や早期発見・早期治療をもう一歩進めようと、今年4月から胃がん検診にバリウムによるX線検査に加え、胃カメラ検査を導入します。

 私の先輩でもある、がん研有明病院名誉院長の武藤徹一郎先生は2006年に受けた胃カメラ検査で胃がんを早期発見し、内視鏡治療で完治。その経緯を掲載した「週刊ポスト」(2015年7月17・24日号)には、こんな一節があります。

「時代遅れのバリウムは発見精度に優れている内視鏡に代わる必要がある。こうやって元気にしている僕が生き証人だ」

 武藤先生は、昭和天皇のすい臓がんの手術を担当。日本を代表する外科医の先生が、胃カメラ検査の必要性を明言しているのです。

 胃がんの患者数は約13万3000人、5万人近くがこのがんで命を落としています。胃がんの人は、9割以上がピロリ菌に感染。感染と塩分過多の食事や喫煙などによって胃の粘膜に炎症が生じ、やがてがんになります。

 ピロリ菌感染者が胃がんになる頻度は100人に1人ですが、胃がん発生の上流にあるピロリ菌感染が冷蔵庫の普及などによって減っていますから、胃がん患者は今後、大きく減るでしょう。胃がん撲滅の上で大切なのがピロリ菌対策で、それと対をなすのが定期的な胃カメラ検査なのです。

 元フジテレビアナの逸見政孝さん(顔写真)は1993年、48歳の若さで亡くなりました。告知会見は印象的でしたが、彼の命を奪ったのが胃がんの中でも悪性度の高いスキルス性胃がんです。このがんはピロリ菌との関係が薄い上、バリウム検査では見つけにくい。

 バリウム検査は、X線画像に映る凹凸で病変を見つけるため、凹凸がないような早期の病変は見逃しやすい。武藤氏のがんは早期のスキルス性胃がんで、この点についても「胃粘膜の色が少し違っていたんです。凹凸がないから、バリウム検査では絶対に見つからなかった」と週刊ポストで語っています。

 ピロリ菌感染がある場合、除菌した上で、定期的に胃カメラ検査を受けていれば、怖いスキルス性胃がんの早期発見も可能なのは、このような理由から。どちらが欠けても、よくないのです。

 除菌は、抗生物質を1週間飲むだけ。服用中は下痢などでお腹がゆるくなることもありますが、まずピロリ菌の検査をして、陽性の方は除菌しましょう。除菌に成功すれば、胃がんのリスクは減ることが期待できますが、感染の履歴が消えるわけでなく、胃がん検診も欠かせません。

中川恵一

中川恵一

1960年生まれ。東大大学病院 医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授。すべてのがんの診断と治療に精通するエキスパート。がん対策推進協議会委員も務めるほか、子供向けのがん教育にも力を入れる。「がんのひみつ」「切らずに治すがん治療」など著書多数。