どうなる! 日本の医療

「ゲノム解析」は何をもたらすのか?

 医療の進歩は「日進月歩」といわれるが、今は「医療革命」といえるほど早くなっている。その中心のひとつが「ゲノム解析」だ。

 ゲノムは「遺伝子」と「染色体」を合わせた造語で、DNAのすべての遺伝子情報を指す。これをコンピューターで解析することで、これまでの不特定多数に向けた治療ではなく、患者個人の体質や病気に合わせた治療が可能になるといわれている。長浜バイオ大学の永田宏教授(医療情報学)が言う。

「いまでも、自分の唾液などの粘膜を解析機関に送るとDNA分析は可能ですが、必ずしも精度が高いとは言い難い。今後、大量高速に解析する方法が実現できれば、病気になりやすい遺伝子の有無がわかり、将来どの病気にかかりやすいか予測できるようになるでしょう。そうなれば、発症前の状態で対策が取れるようになります」

 実はこの「ゲノム解析に基づく治療」はすでに始まっている。代表は乳がんや卵巣がんの事前切除だ。この2つのがんは「BRCA1」「BRCA2」と呼ばれる遺伝子の変異が発症に関係していることがわかっている。

 この遺伝子は子供に受け継がれる。そのため、米女優のアンジェリーナ・ジョリーのように、身内に乳がんや卵巣がんの患者がいる場合は、発症前に乳房や卵巣を切除するケースが欧米で増えている。

 日本でもコストをかければゲノム解析は可能だという。ただ、日本の医学界には「予測に基づいた治療」という発想がなく、関連する法整備が行われていない。それどころか、「がんになりやすい遺伝子をかなりの確率で抱えている」と分かっても、「その予測だけで切除などの治療に踏み切ってよいのか」といった議論すら十分になされているとはいえない状態だ。

「とはいえ、『ゲノム解析によって得たデータをどう生かしていくか』を社会全体で考えなくてはならない時期にきています。というのも、ゲノムは究極の個人情報であり、親兄弟はもちろん、時には民族に共通するものだってあるかもしれない。解析によって得たデータで治療が進むのは結構な話ですが、米国ではかつて生命保険への加入や就職が拒否されるなど、“遺伝子差別”の事例が報告されています。大いなる議論が必要です」(永田教授)

 日本人は情報を軽く考える傾向にあるが、これからの医療は高度な情報管理が不可欠。そのことを忘れてはならない。

村吉健

村吉健

地方紙新聞社記者を経てフリーに転身。取材を通じて永田町・霞が関に厚い人脈を築く。当初は主に政治分野の取材が多かったが歴代厚労相取材などを経て、医療分野にも造詣を深める。医療では個々の病気治療法や病院取材も数多く執筆しているが、それ以上に今の現代日本の医療制度問題や医療システム内の問題点などにも鋭く切り込む。現在、夕刊紙、週刊誌、月刊誌などで活躍中。