Dr.中川のみんなで越えるがんの壁

【渡辺謙さんのケース】白血病治療が新たな胃がん“誘発”か

 胃がんの原因は、ピロリ菌の感染がほとんどと書きましたが、そうではないケースもあります。先日、早期胃がんで手術を受けたことを公表した俳優・渡辺謙さん(56)のことです。これまで報道されたことからの推察で断定はできませんが、ひょっとするとピロリ菌感染ではない可能性が考えられるのです。

 渡辺さんは1989年に急性骨髄性白血病との診断を受けています。私が「ひょっとして」と思ったのは、この白血病の治療との関連です。

 血液には、酸素を運ぶ赤血球、細菌やウイルスから身を守る白血球、止血作用を持つ血小板などの血球が流れていて、その血球は骨の中の骨髄にある造血幹細胞から分化します。この骨髄に異常が生じて、白血病細胞が無制限に増え、正常な赤血球や白血球、血小板などがつくられにくくなるのが、骨髄性白血病。

 赤血球の減少で貧血になったり、白血球が減ることで風邪やインフルエンザなど感染症にかかりやすくなったり、血小板の減少は、出血しやすい状態を意味します。急性は進行が速いということで、治療が遅れると、出血や感染症によって数カ月で命を落とすことも少なくありません。

 ですから、早期治療がとにかく大事で、渡辺さんはそうやってこの病気を克服されたのです。しかしその治療法により、胃がんが誘発された可能性もゼロではないと思われます。

 この病気の治療は、抗がん剤と放射線、幹細胞の移植、ほかの薬物療法の4つがあります。そのうち抗がん剤と放射線が2大治療。どちらも治療後に新たながんを誘発するリスクが知られているのです。

 渡辺さんがどの治療を受けたのか、明らかではありませんが、抗がん剤はどんなケースであれ必ず使われます。ですから、抗がん剤による新たながんの誘発が無視できないのです。

■定期検査は不可欠

 急性骨髄性白血病の治療に使われる抗がん剤は、異常な白血病細胞を抑えるのが狙いですが、正常細胞も少なからず影響を受けます。その結果、5%の頻度で数年後にがんが誘発される可能性があるとされます。そんなリスクがあるため、治療前の説明では「治療後も人間ドックなどで定期的に検査を受けて下さい」と説明されることがあるのです。

 渡辺さんは、妻で女優の南果歩さん(52)の勧めで人間ドックを受けたそうで、「(早期発見について)この段階での発見は奇跡、点検は大事ですわ」とツイッターで語っていました。それを受け、南さんは「この出来事が、検診を中々受けられない方達への『受診のきっかけ』になれば」と続けています。

 抗がん剤や放射線の治療後のがんの誘発は、白血病治療に限ったことではありません。どのがんによる抗がん剤、放射線でもありうることです。ですから、渡辺夫妻が語っているように、がん治療後の定期検査は必要不可欠です。

中川恵一

中川恵一

1960年生まれ。東大大学病院 医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授。すべてのがんの診断と治療に精通するエキスパート。がん対策推進協議会委員も務めるほか、子供向けのがん教育にも力を入れる。「がんのひみつ」「切らずに治すがん治療」など著書多数。