天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

1回目の手術が再手術の難易度を左右する

順天堂大学医学部の天野篤教授
順天堂大学医学部の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ

 心臓の手術に“賞味期限”があるとしたら、患者さんはどのくらいならば受け入れられるでしょうか? これまでの歴史を振り返ると、「約10年」というのが専門家側の見解でした。

 この数字は、冠動脈バイパス手術で使用される足の静脈や、ブタの弁を利用した生体弁などが機能する期間を見てきた経験からはじき出されたものです。つまり、かつての心臓手術は「再手術が当たり前」と考えられていたことになります。当時は、「取りあえず命さえ助かればいい」といった考え方が一般的だったのです。

 しかし現在は、再手術や再治療のリスクを大幅に減らすような画期的な手術ができるようになりました。たとえば冠動脈バイパス手術では、より耐久性に優れた動脈をバイパスとして使うようになったことなどで、一般的には術後20年ぐらいは問題なくもつようになっています。検査や機器の進歩、手術経験の積み重ねによって、それが可能になったのです。

 それでも、やはり再手術が必要になるケースはあります。改善されたとはいえ、生体弁のようにどうしても経年劣化が避けられないものもある上、現代は高齢化が進んでいます。以前は、心臓の手術は70代くらいまでとされていましたが、今は80代でも手術が行われます。そうなってくると、40~60代で手術を受けた患者さんは、20~30年後に再手術が必要になるケースが出てくるのです。

 75歳以上の高齢者ならともかく、60代以下で手術を受ける人は、2回目の手術ないしは追加治療があるということを想定しておいた方がいいでしょう。生体弁治療においては、数年後には2回目以降の治療は大きく開腹手術しないで済むカテーテル治療になる可能性が高く、再治療の選択肢として価値が高いものになっていくでしょう。とはいえ、それ以外の手術も含めて再手術を意識しておくことは必要です。

 その際、重要になるのは1回目の手術です。1回目の手術が問題なくオーソドックスに処置されていれば、2回目の手術も問題なく対応できる可能性が高くなります。

 1回目の手術の際、悪いところに的確にメスを入れ、しっかり処置をして心臓の機能を取り戻せているかどうか。自覚症状を取り除いたり、突然死を起こさないように問題点が解決されているかどうか。2回目の手術がスムーズにいくかどうかは、こうした点に左右されます。

 私が勤務している順天堂大学病院では、2回目、3回目の手術が必要になってやってくる患者さんも少なくありません。そうした患者さんの状態を診てみると、「1回目の手術でこういう処置をしたから、今になってこんな状態になったんだな」と関連付けられるケースがたくさんあります。それだけ、1回目の手術は大切なのです。1回目の手術で、心臓の機能を損なってしまうような処置が行われていたり、臓器の状態が解剖学的にまったく異なるような形で処置されていたりすると、2回目の手術でそれを修復するにはハードルが上がってしまうのです。

 もっとも、こうした困難を伴う再手術が必要になる患者さんは、かなり特殊なケースと考えていいでしょう。1回目の手術の後に日常生活に戻れている人、もしくは手術前に「戻れる可能性が高い」と医師から説明を受けた人は、ほとんど心配する必要はありません。その先、心臓にトラブルが起こったとしても、1回目の手術と同じ対応で十分に処置できます。

 1回目の手術でしっかりした標準的な処置をしてもらえるかどうか不安な場合は、手術を受ける前、担当医に「術後は元の生活に戻れますか?」「日常生活に支障を来すような行動制限は受けませんか?」と聞いてください。それをちゃんと確約してくれる医療機関で手術を受ければ、まず問題ないでしょう。

 それで将来的に再手術や追加治療になったとしても、全国各地にある病院で十分に対応できるようなトラブルです。いたずらに再手術に怯える必要はありません。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。