Dr.中川のみんなで越えるがんの壁

【3.11を考える】(上)発がん避けるための避難生活ががん増やす皮肉

福島では今も10万人が避難生活(11年の富岡町)
福島では今も10万人が避難生活(11年の富岡町)/(C)日刊ゲンダイ

 福島第1原発事故から5年になる今もなお、10万人近い福島県民が避難生活を余儀なくされています。3・11に関連する話題について紹介しましょう。

 丸川珠代環境相は先月7日、長野県松本市での講演で国が掲げた除染の長期目標「年間1ミリシーベルト以下」を巡り、「何の科学的根拠もなく、時の環境相が決めた」と失言。その後、謝罪に追い込まれましたが、丸川環境相を含めて「年間1ミリシーベルト以下」について正しく理解している方は少ないでしょう。

 確かに国際放射線防護委員会(ICRP)は、「不要な被曝はできるだけ少なくするべき」という考え方から、一般市民が日常生活で受ける放射線について、年間1ミリシーベルトを「線量限度」としています。日本でもその勧告が法令に取り入れられていますが、実は「年間1ミリシーベルト」は、自然被曝と医療被曝を除いた、原発などから受ける「追加分」です。

 日本の自然被曝は、ウラン鉱石などの資源が乏しいため、世界平均より少ない年2.1ミリシーベルト。資源が豊富なフィンランドは8ミリシーベルトで、スウェーデンは7ミリシーベルトに上ります。日本の3倍を超える自然被曝ですが、北欧にがんが多いというデータは存在しません。

■日本は医療被曝世界一

 一方、日本の医療被曝は年間3・9ミリシーベルトで世界一。これほど多いのは、日本人がいつでもどこでも安い費用で検査を受けられるからです。実際、日本人が医療機関を受診する回数は、米国の3倍と断然の1位です。世界が垂涎するわが国の「国民皆保険制度」が、医療被曝を高めているといっても過言ではありません。

 自然被曝と医療被曝を合計すると、私たち日本人の放射線被曝は年間6ミリシーベルト程度になります。前述した通り「年間1ミリシーベルト以下」は、自然被曝と医療被曝を除くものですから、“平均的”な日本人の場合、6ミリ+1ミリで7ミリシーベルトまで許容されることになるのです。

 プラス1の“追加被曝”に特別な意味はありません。それなのに、「1ミリ」にこだわり過ぎたあまり、今の福島のように大量の避難者を出している現実は否定できないでしょう。

 現在、福島の“追加”被曝量は最大でも3ミリシーベルト程度。それでがんが増えることはありませんが、5年という長期に及ぶ避難生活はそれまでの生活習慣を悪化させ、糖尿病やうつ病などの方が有意に増えることが分かっています。

 ストレスなどでたばこの本数が増えたり、食生活が乱れて野菜不足になったりすることは、被曝量の換算で100ミリシーベルトに相当。糖尿病は発がんを2割も増やすため、発がんを避けるための避難生活が、かえってがんを増やしているのは皮肉でしょう。「1ミリシーベルト」の呪縛からの解放が何より必要です。

中川恵一

中川恵一

1960年生まれ。東大大学病院 医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授。すべてのがんの診断と治療に精通するエキスパート。がん対策推進協議会委員も務めるほか、子供向けのがん教育にも力を入れる。「がんのひみつ」「切らずに治すがん治療」など著書多数。