4月から順天堂医院の院長に就任いたしました。これまで以上に、安心、安全で皆さまに満足いただける医療を提供していくよう尽力しなければと気持ちを新たにしています。
昨年、各地の大学病院や総合病院で、手術を受けた患者さんが何人も亡くなる医療事故が相次いで発覚しました。いずれも、通常であれば考えられないようなむちゃな手術が数多く行われていたことが分かっています。
患者さんにとって、手術は失敗すれば命に関わるような重大事です。自分の身を守るためには、手術を勧められ、受けることを決断するまでに、本当に自分の身を任せられるのかどうかを見極める必要があります。
まず、手術の前に「医師からどんな説明を受けたか」が重要です。心臓の手術に限っていえば、医師が「リスクスコア」という指数を提示しながら、治療の詳しい内容、期待される結果や予後について適切な説明を行っているかどうかを確認しましょう。リスクスコアというのは、患者さんの状態によって手術の危険度がどの程度かを示す指数で、「ジャパンスコア」や「ユーロスコア」といった1万~10万例ほどの患者を分析したさまざまな解析モデルがあります。
■患者が理解するまで行っているかも重要
そうしたリスクスコアを患者さんに提示して説明するには、術前にしっかりした検査を行い、適切な診断をした上で、標準的な治療からその患者さんに適した治療まで、外科医が幅広い知識と経験を持ち合わせていなければなりません。
たとえば、患者さんに心不全が起こっているときに行った検査データを使うと、リスクスコアは高く出て、実際に死亡率も上昇します。リスクスコアを正当に評価するためには、できるだけ患者さんの状態を安定させた上で行った検査のデータを用いなければならないのです。つまり、リスクスコアを提示して適切な説明を行う医師は、それだけ信頼できる手順を踏んでいると判断できます。
逆にリスクスコアが出てこない医師や病院は、しっかりした検査をやっていなかったり、勉強が不十分なことが考えられます。その施設内でしか通用しないような独り善がりの治療を行っている可能性が高いと考えてもいいでしょう。
次に、リスクスコアを提示したうえで、「患者さんが理解できるような説明をしているかどうか」を確認してください。
患者さんに手術の同意をしてもらう際、ただ単にリスクスコアを提示して、「あなたはこうですよ」というだけの医師は不十分です。たとえば、肺の状態が悪い患者さんの場合、画像診断ではこうなっていて、既往がこうなっていて、喫煙歴があり、COPDの要素もある。そのため、肺に問題がない患者さんに比べると、あなたは手術の危険性が20%アップします……といったように、細かく丁寧に説明して、理解してもらう必要があります。
私がそうした術前説明を自分で行っていたときは、臓器別に状態を細かく説明して、理解してもらっていました。脳、心臓や頚動脈、肺、肝臓、腎臓、体全体の血管の状態、動脈硬化や糖尿病の程度……といったことをすべて書き出し、それぞれについて正常な人とはどう違っていて、そのために手術や合併症のリスクがどれくらいアップするのか。糖尿病を合併している患者さんには、術後の傷の治りに影響しますとか、肝硬変がある人は傷が治りにくい可能性もありますといったこともきちんと説明したうえで、手術の同意を得ていました。
術前のこうした手続きは、一般的な病院ならある程度は行っています。しかし、ここまで細かくやっているかどうか、患者さんがそれを理解するところまでやっているかどうかが重要なのです。
私の印象では、初回の時点では、「先生から説明を聞いたけど、なんかよく分からないな」という患者さんが7~8割ほどいるのではないかと思います。そういう場合、患者さんや家族が理解できるまで繰り返して説明します。最終的に「すっきりした気分で手術を受けられます」とか、「早く手術して下さい」といった返事が来れば、理解いただけたと判断しています。このように、分かるまで説明してもらえないようなら、病気が“待ったなし”の状況でない限り、焦ってそのまま手術に踏み切らないほうがいいでしょう。
天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」