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レンチウイルスを使った遺伝子治療で免疫力を回復

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 遺伝子異常が引き起こす先天性の難病には、有効な治療法がないものが少なくありません。しかし、いくつかの病気で根本的な治療が可能になりつつあります。それが「遺伝子治療」です。正常な遺伝子を患者の細胞に移植するのです。

 最初の遺伝子治療は1990年、米国で行われました。ADA欠損症と呼ばれる、遺伝子のわずかな異常によって生じる重症の免疫不全症患者に対して試みられたのです。免疫をつかさどるリンパ球がうまく作れなくなるため、感染症にかかりやすく、しかも重症化しやすくなります。しかし、患者に正常なADA遺伝子を移植したところ、免疫力がある程度高まったのでした。

 具体的には、ウイルスを使って遺伝子を移植します。このときは、「レトロウイルス」と呼ばれる種類が使われました。

 まずウイルスの遺伝子に、正常なADA遺伝子を組み込みます。次に患者から採取した骨髄細胞に感染させ、培養します。レトロウイルスは、組み込まれた遺伝子を細胞の染色体に挿入する性質を持っているのです。ここまでは試験管の中での操作です。

 最後に、この骨髄細胞を患者に戻します。リンパ球は骨髄細胞から作られます。正常なADA遺伝子が移植された骨髄細胞は、体内で正常にリンパ球を生産するので、免疫機能が改善される(はず)というわけです。

 ただし、レトロウイルスでは、遺伝子を染色体のどこに挿入するかまで制御することはできません。そのため、挿入変異といって、別の正常な遺伝子を壊してしまうなど、新たな遺伝子変異を作り出すことがあります。実際、2002年に別の先天性免疫不全の患者に対して同様の治療を行ったところ、数人が白血病を発症してしまったフランスの例があります。

 その後、さまざまな改良が試みられ、現在では「レンチウイルス」と呼ばれる種類が多く使われています。治療の対象も広がり、X連鎖性副腎白質ジストロフィーという神経難病や、サラセミア(地中海貧血)と呼ばれる先天性の貧血症の治療が欧米で始まっています。また、アデノ随伴ウイルスという別の種類を使って、血友病などの治療が試みられています。

 ただ、日本では法律や医療体制の整備などが追いつかず、まだ臨床試験は始まっていません。

永田宏

永田宏

筑波大理工学研究科修士課程修了。オリンパス光学工業、KDDI研究所、タケダライフサイエンスリサーチセンター客員研究員、鈴鹿医療科学大学医用工学部教授を歴任。オープンデータを利用して、医療介護政策の分析や、医療資源の分布等に関する研究、国民の消費動向からみた健康と疾病予防の解析などを行っている。「血液型 で分かるなりやすい病気なりにくい病気」など著書多数。