Dr.中川のみんなで越えるがんの壁

【江戸家猫八さんのケース】進行胃がん 怖いのは“本籍地”より肝転移

江戸家猫八(C)日刊ゲンダイ

 がんは、患者さんの体を間借りして、正常な細胞から栄養を奪って成長します。小さいうちは周りの血管から栄養や酸素をもらって増殖。それでも賄いきれないと、周りの組織を壊しながら大きくなります。たとえば胃がんでは、粘膜を破って外に浸潤しながら“補給路”のための新しい血管を増設。それでも栄養不足が続くと、新天地を求めて転移するのです。

 深刻な病状を知った猫八さんは身の回りの整理や仕事のやりくりを自分で行ったそうです。「休演を決めたら、主催者に自分で電話して事情を説明した」と報道されています。

 がんの完治が期待できなければ、「がんと共存しながら、できるだけ長く、なるべく快適に生きる」戦略に切り替えることが大切。猫八さんはその戦略から仕事を選択。それを実現するために、緩和ケアなどで自覚症状を軽減する治療にとどめ、入院治療を自ら明確に拒否したのです。

 命日となった21日、「国立名人会」を代演することになった子猫さんは朝、見舞った病室で父に「頼んだぞ」と言われたように手を振って見送られたといいます。息子をしっかり送り出した名人は、最期まで自分の意志を貫いて家族にみとられながら旅立ったのです。

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中川恵一

中川恵一

1960年生まれ。東大大学病院 医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授。すべてのがんの診断と治療に精通するエキスパート。がん対策推進協議会委員も務めるほか、子供向けのがん教育にも力を入れる。「がんのひみつ」「切らずに治すがん治療」など著書多数。