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ゲノム編集でAIDS治療

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 細胞の染色体に載っている遺伝子を働かなくする(破壊する)ことを、バイオの世界では「ノックアウト」と呼びます。1970年代から実用化されており、研究に多用されてきました。しかし、かなりの手間と時間とお金がかかるため、産業化は遅れていました。

 ところが、この問題を一気に解決するまったく新しい技術が出てきたのです。「ゲノム編集」と呼ばれるもので、中でも2013年に出現した「CRISPR/Cas9」(クリスパー・キャスナイン)は「革命」といわれるほど注目されています。

 これは、ガイドRNAと、Cas9と呼ばれるDNA切断酵素を組み合わせた方法です。ガイドRNAとは、DNAの狙った場所に結合するように設計された特殊な分子です。Cas9はガイドRNAが結合した位置でDNAを切断します。切られたDNAは細胞に備わっている修復機能によって再びつなぎ合わされるのですが、その際に一定の確率でミスが生じ、その部分の遺伝情報が壊れてしまいます。つまり、その遺伝子を「ノックアウト」できるのです。

 ガイドRNAは切断したい場所に応じて、簡単・安価に作り変えることが可能で、Cas9も安価な酵素。いまや高校生でも、カエルやマウスの遺伝子を低予算で自在にノックアウトできるといわれるほどです。

 この方法を使って、AIDSを治療する試みが進んでいます。血中に漂っているHIV(AIDSウイルス)は、抗ウイルス薬によって撃退できます。しかし一部のウイルスは、ヒトの細胞の染色体に寄生して潜伏しているため薬剤が効かず、いずれ活動を再開してきます。そこで、休眠状態のHIVの遺伝子をゲノム編集技術で切断してしまおうというアイデアが出てきたのです。

 アメリカの研究チームが、ヒトの培養細胞内で休眠状態にあるHIVを、CRISPR/Cas9で完全に不活化することに成功しています。肝炎ウイルスなども細胞内に潜伏する性質があるため、そちらの治療にも期待がかかります。

 とはいえ、今すぐ治療に使えるわけではありません。AIDS患者の体内には、HIVが潜伏している細胞が何百億、何千億とあります。そのすべてを不活化することは、現時点では不可能だからです。しかし、輸血用血液からHIVを除去することは、早期に可能になるかもしれません。

永田宏

永田宏

筑波大理工学研究科修士課程修了。オリンパス光学工業、KDDI研究所、タケダライフサイエンスリサーチセンター客員研究員、鈴鹿医療科学大学医用工学部教授を歴任。オープンデータを利用して、医療介護政策の分析や、医療資源の分布等に関する研究、国民の消費動向からみた健康と疾病予防の解析などを行っている。「血液型 で分かるなりやすい病気なりにくい病気」など著書多数。