薬に頼らないこころの健康法Q&A

疲労感受センサーが損壊 被災者の“予想外の元気”に要注意

井原裕 独協医科大学越谷病院こころの診療科教授
井原裕 独協医科大学越谷病院こころの診療科教授(C)日刊ゲンダイ

 被災地に親族・知人がおられる方は、さっそく現地に電話をかけたことでしょう。安否確認、お見舞い、避難所情報。そうしたやりとりをしていると、不思議なほどに元気な人がいたことにお気づきかもしれません。

「あんな被害に遭ったのに、大したものだ」と驚かれた人もおられるのではないでしょうか。自宅が倒壊した。家の中が泥だらけになっている。会社から帰れなくなった。避難所暮らしを強いられている。大変そうだ。それで、電話をかけてみたら、電話口から予想外に元気な声が聞こえてきた。安心しつつも、少々、拍子抜けしたかもしれません。

 しかし、この「予想外の元気よさ」は要注意です。震災直後から、被災者のなかに「全然疲れを感じない」人がいます。十分な睡眠もとっていないのに、一日中がれきの撤去、住居の片づけ、汚泥の除去、落下物の処理や、親族との連絡に走り回っているのに、疲れない人がいます。

■試合中のボクサーは痛みを感じない

 この人たちは超人なのでしょうか。そうではありません。実はこの人たちは疲れを知らないのではなく、疲れを感じるセンサーが機能停止しているのです。これは、ボクサーが試合中に痛みを強く感じないのと同じです。

 個体存続の危機に瀕したとき、体は一時的に過活動状態となり、実際には疲労が蓄積し、許容量を超えつつあっても、アラームを発しないように、一時的に疲労感知センサーのスイッチが切られているのです。

 しかし、不眠不休の奮闘努力は、きょうまでにすべきです。最初の大きな揺れから既に4日経っています。体は確実に消耗しています。たとえ、倦怠感も、眠気も、節々の痛みも、自覚としてはまったく感じなくても、それにもかかわらず、ここで長い休息を入れなければなりません。さもないと、体は必ずこわれます。

■睡眠と休息は不可欠

 あなたが被災した身内や知人にお電話される際、必ず聞いていただきたいことがあります。それは「ちゃんと眠れていますか?」ということです。

 もし「眠っていない。眠らなくても大丈夫だ」、そのような言葉が返ってきたら要注意です。どうか、愛情を込めて、こう伝えてください。「眠らないとダウンする。無理してでも夜は休まなければいけない。明日でもできることは、明日に回しましょう」と。

 睡眠は災害時には普段以上に取らなくてはなりません。睡眠は、脳や体の疲れを取るだけでなく、ストレスに対する抵抗力を向上させ、免疫力を高めます。過活動によりオーバーペースになっている心臓を休ませ、記憶の内容を整理し、判断力を回復することもできるのです。

 逆にいえば、睡眠不足はストレスに対する抵抗力を損ない、病気にかかりやすくします。脳のスタミナを損ない、思考力も落ちて、結果として判断ミスを連発してしまう恐れもあります。

 震災からの復興は、マラソンです。無呼吸で一気に走りきる100メートル競走ではありせん。息の長い活動が必要です。今はまだ、ほんの始まりです。明日のために、夜は早く休むこと。明るくなったらまた活動を再開しましょう。

井原裕

井原裕

東北大学医学部卒。自治医科大学大学院博士課程修了。ケンブリッジ大学大学院博士号取得。順天堂大学医学部准教授を経て、08年より現職。専門は精神療法学、精神病理学、司法精神医学など。「生活習慣病としてのうつ病」「思春期の精神科面接ライブ こころの診療室から」「うつの8割に薬は無意味」など著書多数。