独白 愉快な“病人”たち

エッセイスト・岸本葉子さん(54)虫垂がん

岸本葉子さん
岸本葉子さん(C)日刊ゲンダイ
ドラマのように「あなたはがんです」といった深刻な告知はありませんでした

 大腸がんの一種である「虫垂がん」の手術をしたのは2001年10月、40歳の時でした。一般的に「盲腸」といわれる虫垂炎の、あの虫垂です。そこにがんが見つかるのはとても珍しくて、大腸がん全体の1%に満たないようです。発見されにくいため、手遅れになるケースもあるそうですが、あれから14年半、先生から「もう病院へ来なくてもいいですよ」と言われています。

 最初の異変は、手術の1年3カ月前。発熱と胃の下あたりに腹痛がありました。下痢や嘔吐はなかったので初めは婦人科を受診しましたが、異常ナシ。次に、大学病院の消化器科でエコーやレントゲン、便の潜血検査をしてもらいましたが、それでも原因が分かりませんでした。

 ただ、血液検査の炎症反応は大きかったので、消炎剤が処方されました。薬を飲むと症状が改善したこともあって、その後も痛くなると、近くのクリニックで消炎剤をいただく日々が続いたんです。しかし、あまりに何度も通う私を見て、先生から「もっと詳しい検査をした方がいいかもしれません」と言われ、そのクリニックでバリウムを飲んで行う腸造影検査を受けた結果、ポリープが発見されました。

 結果を受けて自ら選んだのが、竹中文良先生がお勤めになっていた小さなクリニックです。先生は元日本赤十字社医療センターの医師で、著書に「医者が癌にかかったとき」があったので、ぜひ診ていただきたいと思ったんです。

 先生からは「組織検査をしないと断言できないけれど、ポリープの形からして限りなく悪性腫瘍に近いです」と。それが、いわゆる“告知”だったようです。ドラマのように改まって深刻に「あなたはがんです」とは言われませんでした(笑い)。

 すぐに紹介された日赤医療センターへ行くと、がん前提で手術の説明が始まり、「ベッドが空き次第、ご連絡します」と話が進みましたが、そこからが大変でした。入院までの1週間は、人生で一番多忙だったと思います。

 取りあえず「入院は1カ月以内」と聞いたので、取材済みや連載を前倒しで書き上げると同時に、関係各所に病名を伏せながら事情を説明したり、できない仕事はお断りの連絡を入れたりと、まるでコールセンターのように電話をかけまくりました。そういえばがんと告知された日の午後、よりによって江戸前の鍋についてのおいしそうな原稿を執筆。動揺しているはずなのに「やるしかない」という集中力で、かえっていい原稿が書けました(笑い)。

■入院中は医師の説明などをメモ

 独り身で付き添いもいないので、入院準備の買い出しも必要でしたし、ゆっくり落ち込む暇もなく入院生活に突入。手術は、虫垂のほか隣接転移したS状結腸の一部、その周りの腹膜の切除で、全身麻酔の開腹手術でした。目覚めた後は、人工呼吸器を付けていた喉と腹部の傷が痛かった。でも、翌々日にはもう「歩いてください」って。

 入院生活も暇ではなかったです。入院中は見たことや考えたこと、先生の話など、とにかくいろんなことをメモしました。状況を整理し、分かったことを確認して安心材料にするためです。

 たとえば、痛い状況ひとつとっても「なぜ痛いか」「そのためにこう対処しているから大丈夫」といったことが分かると、たとえ痛み自体は変わらなくても恐怖心は軽くなるんです。それと、入院中は週ごとに目標を立てていました。第1週から「適応」「手術を乗り越える」「リハビリ」「社会復帰」の4週間分です。目の前の目標をコツコツこなすことも、ひとつの不安解消法。病院でボーッとしていると大抵、悪いことばかり考えてしまいますからね。

 病気で得たものは、老後を「恵み」と捉える視点ができたことですね。「老後があることは幸運だ」と思うようになりました。もうひとつ言えば、「多様性への気づき」です。あえて他人には何も言わないけれど、何か事情を抱えていてトップスピードを出せない人が、世の中にはたくさんいるんだということ。私も2年間、病名は隠しましたから、他人に言えない気持ちもすごく分かるんです。

 病気をしてから変わったことといえば、スケジューリングで予備日を設けるようになりました。それまでは詰め込めるだけ詰め込むタイプでしたから、大きな変化です。

 普段の生活で気をつけているのは食事です。漢方クリニックで教わっている「食養生」を実践しています。肉、卵は控え、魚と野菜中心にして、主食は胚芽米や発芽玄米。添加物の少ない食品を選ぶことも大事です。外食でもお店を選べば何とかなりますし、たくさん食べても太らないので、中高年にはお勧めですよ(笑い)。

▽きしもと・ようこ 1961年、神奈川県生まれ。東京大学を卒業して保険会社に勤務後、中国に留学。帰国後、本格的に執筆活動を始め、食、暮らし、旅を題材とする著書多数。がん関連の著書は「がんから始まる」「がんと心」など。執筆のほか、テレビ「NHK俳句」の司会、ラジオ出演、講演など多方面で活躍している。