Dr.中川のみんなで越えるがんの壁

【費用対効果】期待の高額新薬より健診で早期発見&治療

生存期間延長しても…
生存期間延長しても…(C)日刊ゲンダイ

 がん治療をめぐって、ちょっとした動きがありました。

 厚労省は先月27日、高額な薬7種類と医療機器5種類について費用対効果を分析すると発表。そのひとつが、新型のがん治療薬「オプジーボ(一般名ニボルマブ)」で、従来の抗がん剤のようにがんに働きかけるのではなく、患者さんの免疫を活性化させて治療する薬です。ネットなどで毎月約300万円の医療費がかかると話題になり、聞き覚えのある方もいるでしょう。

 皆保険制度のわが国では、保険治療にかかる医療費負担は一定額にとどまり、超過分が還付される「高額療養費制度」があります。一定額は年収と年齢によって違いますが、年収600万円の現役世代で毎月約10万円ほど。約290万円が還付され、自己負担は3%です。超過月が1年に3カ月以上あるときはさらに負担軽減措置があるとはいえ、毎月毎月の負担は軽くありません。

 割引分は、国民一人一人の保険料です。このような薬が普及すればするほど、保険財政はパンクしかねません。費用対効果が議論されるのはそのためです。それは“お上の理屈”ですが、患者さんにとってもそのような視点を持つことは大切でしょう。

 オプジーボはまず皮膚がん(メラノーマ)に承認され、肺がん(小細胞肺がんという特殊なタイプを除く進行肺がん)にも認められました。

 メラノーマは5年生存率が1割ほどの難治がんですが、国内臨床試験では4人に1人のがんが縮小。昨年の米国の臨床腫瘍学会では、進行非小細胞肺がんでオプジーボを投与したグループは従来の抗がん剤グループに比べて、全生存期間の中央値が3カ月ほど延びて12カ月になったことも話題になりました。

 治療の難しい末期がんの方にとっては、新薬は希望の光です。それが大幅な割安の負担で使用できるとなれば、患者心理として使いたくなる気持ちが生まれるのは理解できます。しかし、データが示す通り、“万能薬”ではありません。

 雑誌などでオプジーボが話題なのは、皮膚がんに比べて患者数が多い肺がんに適用が拡大されたためですが、がんに負けない生活を前提として議論するなら、新薬に目を向けるより早期発見、早期治療の方が現実的でしょう。

 肺がんは早期に発見すれば、手術か放射線で治る可能性が高い。ところが、肺がん検診の受診率は20%ほど。肺がん検診を積極的に受け、たばこを吸っている人は禁煙することです。たばこは、肺がんのほか、喉頭がんと食道がんなど多くのがんのリスクにもなります。たばこがなくなれば、男性の5人に2人はがんにならずに済むといわれているのです。

 検証対象となったがんの薬では、ほかに乳がんのカドサイラ(一般名トラスツズマブ)もありますが、これについても考え方は同じ。マンモグラフィーなどの検査で早期発見、早期治療を徹底すれば、新薬に頼る必要がありません。

中川恵一

中川恵一

1960年生まれ。東大大学病院 医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授。すべてのがんの診断と治療に精通するエキスパート。がん対策推進協議会委員も務めるほか、子供向けのがん教育にも力を入れる。「がんのひみつ」「切らずに治すがん治療」など著書多数。