医療数字のカラクリ

患者は新薬を期待するが治験の「偽薬」はハズレではない

「治験」は、健康な人を対象とした第1相試験に引き続き、患者を対象にした第2相臨床試験が行われます。むろん、患者さんの自発的な参加によって実施されます。

 第2相試験では試験薬を飲む人たちばかりではなく、見た目では区別できない「偽薬」を投与される人たちが設定されるのが一般的です。

 臨床試験に参加する患者さんとしては、「新薬の効果を期待して治験に参加するというのに、偽薬ではしようがない」「偽薬はハズレで新薬は当たり」、そんなふうに考えるのが普通のように思えます。しかし、必ずしもそうではありません。

■「偽薬」はローリスク・ローリターン

 前回お話ししたように治験に参加すると負担軽減費が支給されます。これは「偽薬」に当たっても支給されます。「偽薬」は効果の面では期待できませんが、安全性の面では新薬よりはるかに上です。重大な副作用の危険を回避して、負担軽減費を得られるという意味では、ただハズレたというわけでもないのです。ローリスク・ローリターンというところです。

 逆に新薬は、これまでにない治療効果を期待できる半面、副作用の危険も高い面があります。これはハイリスク・ハイリターンです。

 そう考えると、どっちもどっちであることがわかります。どっちもどっちですから、偽薬を比較対象にすることは決して倫理に反することではありません。よくある二択問題です。

 科学的には偽薬を飲む比較対象があることは重要で、倫理的でかつ科学的な臨床試験を担保するために偽薬群を設けるのは、大事なことなのです。

名郷直樹

名郷直樹

「武蔵国分寺公園クリニック」名誉院長、自治医大卒。東大薬学部非常勤講師、臨床研究適正評価教育機構理事。著書に「健康第一は間違っている」(筑摩選書)、「いずれくる死にそなえない」(生活の医療社)ほか多数。