天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

外科医がロボットに逆転される未来も

順天堂大学の天野篤教授
順天堂大学の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ
現代のダヴィンチの問題点は「スピード」と「コスト」

 前回お話ししたように、手術支援ロボット「ダヴィンチ」による心臓手術は着々と進歩しています。ただ現状では、心臓の回復具合やトータルの医療サービスという点において、人間が行う通常の手術の方が確実性は高いといえるでしょう。

 現在のダヴィンチの“弱点”は「スピード」と「コスト」です。ダヴィンチによる心臓手術は、お腹や胸などに小さな穴を数カ所開けて内視鏡カメラとアームを挿入し、患者さんから離れた場所にある操作ボックスでモニターの3D画像を見ながらアームを遠隔操作して行います。大きく開腹する従来の手術に比べると、視野は狭くなり、手術の種類によっては手技も大きく制限されます。

 また、不測の事態を招かないようにするために丁寧に時間をかけて手術を進めます。特に牽引している感覚が自身に伝わらないので、組織の強度を確かめながらの操作が通常と大きく異なります。使用するロボットアームの性能を超えるほど手がかかる複雑な手術にも対応できません。

 しかし、テクノロジーのさらなる進歩によって、人間の手に近い触覚や手を超えるような機能を持ったものが開発されれば、手術時間を一気に短縮できるようになるでしょう。

 さらに、AI(人工知能)の進化によって、過去に行われた手術や病気に関する情報をどんどんインプットすることで機械がオートマチックに手術を進めることになれば、手術時間の短縮とともに革新的な手術となります。手術時間は、短ければ短いだけ患者さんの負担が減り、術後の回復も早くなります。患者さんにとってメリットが大きいとなれば、それを選択する医師も患者さんも増え、さらに発展していくのは間違いありません。

 ただし、AIをはじめとしたテクノロジーの進歩には、莫大なコストがかかります。いまの2倍どころではなく、10倍、20倍といった規模で投資が必要になってきます。これは、いくつかの施設だけで実現できるようなものではありません。

■問われる外科医の存在意義

 たとえば、国が投資してAIを購入し、クラウド化して全国どこの施設でも同時に使えるようなシステムを提供する形になれば、各施設が負担する経費や支出は必要なくなります。もちろん、現時点では国がそうした方向でハードを整えるつもりがあるかどうかもわかりません。しかし、もしそうなれば、AIによる外科治療が加速度的に進歩していく可能性は高いでしょう。

 そうした世の中が現実になったとき、自分の手技を磨いて手術を行ってきた外科医の存在意義があるのかというと、おそらく従来型の外科医は必要なくなるはずです。患者さんにとっては、最先端の技術による治療を高くない費用で受けられるうえ、想定通りの治療効果を得られることがベストです。その利益を受けられるのであれば、手術をするのが人間かロボットかは関係ないといえます。

 全国どこでもロボットによる質の高い手術を受けられるとなれば、いまのように、特定の病気に対する名医を懸命に探し出し、その名医に手術をお願いする……というような手順が必要なくなるわけです。そうなったら、「老兵は消え去るのみ」です。私はそれでいいと思っています。もし、消え去りたくないのであれば、外科医は機械に負けないようなスーパーな実力を身につけるしかありません。“戦い”というのはそういうものなのです。

 宇宙工学などの部門では、「機械を使った技術は、人間の手による職人の技に及ばない」といわれます。しかし、そうした人間の技術は、極めて特殊な世界の人々が必要としているもので、国民全員が求めているわけではありません。工業製品とは違い、医療は国民全員が必要とする“普遍化”した分野です。過去を振り返っても、普遍化したものはできる限りオートマチックに対処できるように技術が進化しています。そうした点を考えても、医療は先端技術を利用してオートマチック化していく方向に進むのは間違いないでしょう。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。