以前も述べたように、日本が世界屈指の自殺大国であることに変わりはありません。ここ数年、毎年自殺者総数は減っていますが、年齢階層を揃えて死亡率を再計算した年齢調整死亡率を見るかぎり、日本の自殺は減っていません。日本の人口ピラミッドは、高齢化により「自殺好発年齢」である働き盛り人口が減ってしまいました。自殺者総数の減少は、この国が自殺者を3万人も出すことができないほどに“老いてしまった”ことを示しているにすぎません。
その一方で、若者の自殺は減っていません。10代の自殺率は、1990年以降、一貫して上昇し続けているとするデータもあります。国全体が老いて、もはや、あまり自殺しない高齢世代が支配者層をなす一方で、少数派の若年者層が追い詰められ、自殺しているのがこの国の姿といえます。
私は精神科医として毎年200~300人程度の思春期(20歳未満)の患者さんを診ています。彼ら、彼女たちの中でかなりの割合が、自殺を一度は考えています。思春期を診る精神科医の課題は、何といっても自殺の防止です。
このような立場からいえば、若年者を自殺させない最良の方法は、「人生には別の道もある」と伝えることだと思います。かつて、ニーチェは「自殺を思うことは強い慰謝剤である。これによって数々の悪夜が楽に過ごされる」(「善悪の彼岸」)と言いました。
ここでニーチェは「自殺の勧め」を行っているわけではなく、むしろ、“空想の世界で自殺を考えてみれば、現実の世界を生きることが楽になる”と述べたにすぎません。自殺は実際に敢行しなくても、空想しさえすれば楽になるといったのです。
しかし、私は、空想の世界だとしても、何も自殺まで考える必要はないと思っています。むしろ、現実の世界で「他にも道がある」と考えればいいのです。
■学校は命と引き換えに行くほどの場所じゃない
たとえば、不登校の生徒がいるとします。この生徒に最初に話すことは、「不登校で死ぬことは絶対にない」ということです。学校なんか行かなくたって死にはしません。もちろん、高校はともかく、中学は義務教育ですから行ったほうがいい。でも、行けないからといって、学校なんか命と引き換えに行くほどのところではありません。
私の場合、不登校になった中学生に対しては、まずは行くように促してみます。でも、どうしても無理な場合、目標を切り替えて、適応指導教室への通所、あるいは、転校、休学、留年などを勧めます。
高校生の場合も、最初は登校を促します。特に3年生になってあとわずかで卒業というときになっての不登校の場合、相談室登校を出席扱いにしてもらうなどの寛大な処置を学校側に求めつつ、何とか卒業証書をもらうように働きかけます。しかし、どうしても登校できなければ、無理は言いません。単位制高校、定時制高校に転校してもいいでしょう。高校を中退して、予備校に通って、高校卒業認定試験を経て大学に行く方法だってあります。
私のところに来るほとんどの中高生は、そうやって新たな道を探して生きていきました。不登校の経験は挫折だったと思います。でも、それは自殺しなければならないほどの事態ではありません。
人生には「敗者復活戦」が用意されています。大人たちのすべきことは、「他にも道がある」ことを説得力をもって伝えていくことなのです。
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