天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

「リードレス」が実現したペースメーカーは今後さらに進化する

順天堂大学の天野篤教授
順天堂大学の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ

 今年4月、米国で「リードレスペースメーカー」が初めて薬事承認されました。

 ペースメーカーは、脈が遅くなったときに作動して心筋に電気刺激を送り、心臓が正常に収縮するようにサポートする装置です。洞不全症候群など慢性的に脈が遅くなる徐脈の患者さんに対し、主として内科医による埋め込み手術が行われます。

 従来のペースメーカーは、電子回路とリチウム電池が収まった「本体」、電気信号を伝える「リード線」によって構成されています。今回、承認されたのは「リードがないペースメーカー」で、日本でもすでに臨床試験が行われています。将来的には、保険適用の治療となる可能性は高いでしょう。

 ただ単にリードがなくなるだけかと思うかもしれませんが、これは患者さんにとってかなり大きなメリットといえます。ペースメーカーのトラブルはリードに関係したものが多く、再治療のうち15%程度がリードのトラブルによるものといわれているからです。

 ペースメーカーの埋め込み手術は、前胸部を切開し、リードを鎖骨下の静脈から挿入して心房や心室に留置し、本体は皮膚の下に設置します。埋め込んだ後にリードを覆っているシリコーンが破れて血液が浸入し、リードが腐食してショートしたり、骨と骨の間に挟まれたリードがこすれて断裂することも珍しくありません。抵抗力が落ちた際の菌血症でリードの先端部分が感染を引き起こし、合併症を招くケースもあります。

 内科医による埋め込み手術が行われた翌日に、再手術した患者さんもいました。ペースメーカーがうまく馴染まずに、浮いてずれてしまっていたのです。リードレスならば、少なくともそうしたリードのトラブルを最小限、回避できるようになります。リードが原因で何度も手術を受けなければならない患者さんもいるわけですから、それだけで大きな進歩なのです。

 ただし現状では、最も単純な機能に特化しているので、このペースメーカーで十分な治療になる患者さんにしか適応していません。2本のリードによる刺激が必要な場合は使えないため、かなり限定的な適応といえます。

 しかし、いまの技術革新のスピードを考えれば、それほど時間がかからずに従来のペースメーカーと変わらないリードレスが開発されるでしょう。安全性がしっかり確保されれば、どんどんリードレスの流れが加速するのは間違いありません。

 さらに、その後も進化を続ければ、電池を交換する必要がないペースメーカーが登場する可能性もあります。ペースメーカーにチップを内蔵してクラウド化し、外から常に流される電波を利用して稼働させるのです。

 将来、そうした“ペースメーカーサービス”が現れてもおかしくありません。

■健康管理までできるようになる可能性も

 人体に流れている「生体電流」を利用して、電池そのものを必要としないペースメーカーが開発されることも考えられます。

 他にも、ペースメーカー本体のジェネレーター部分や内蔵チップにさまざまな生体情報を蓄積し、健康管理のチェック機能を持たせることができるようになる可能性もあります。毎日の歩行距離、血圧、血糖値などを自動的にチェックできるようになれば、患者さんをより良い状態で管理できるようになります。

 そうなれば、ペースメーカーを埋め込んでいる人の方が、むしろ長生きできるようになるのではないかとさえ思えます。いつか、そんな時代がやってくるかもしれません。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。