Dr.中川のみんなで越えるがんの壁

【追跡調査】がんでも仕事と治療は両立できる

諦めてはいけない
諦めてはいけない(C)日刊ゲンダイ

 がんの治療と仕事をどうやって両立するか。男性は3人に2人ががんになる時代、この問題は大きなテーマです。そんな中、日本産業衛生学会で注目の調査結果が発表されました。12年にわたるがん患者の追跡実態調査です。

 調査を行ったのは、東京女子医大の遠藤源樹助教。2000~11年末に首都圏を中心とする大企業でがんと診断されて休職した後、復職した20~60代の正社員1010人が対象で、復職日から5年後も仕事を継続していた人は51%でした。

 その後、体調悪化などで再休職した人は39%、依願退職は10%だったそうです。

 この調査は、大企業の正社員を対象にしているのがミソ。中小企業の人や自営業者も含めた厚労省研究班の04年の調査では、サラリーマンは30%が依願退職、4%が解雇され、自営業者は13%が廃業しています。中小企業や自営業者の方は、がんの治療によって仕事を失いやすい傾向が読み取れるのです。

 放射線治療は数分の照射時間で済み、通院治療が一般的で、都市部なら仕事帰りに受けることもできます。抗がん剤治療も、入院せずに済むケースが多くなっています。通院で治療を受けられる状況は、平等にあるはずですが、仕事を失うリスクは大企業の方が低いのです。

 その理由は、2つあります。ひとつは、大企業の方が時短勤務や職場復帰をサポートする仕組みが充実していること。中小企業の方だと、がん患者をサポートする就業規則が不十分で、周りの目から午前や午後の半休を取りづらく、治療か仕事かの二者択一を迫られ、やむを得ず治療を選択して依願退職に追い込まれるのです。そうなると、治療費が心配でしょう。がんの病名を伏せて通院しつつも「会社に病名がバレたら……」と気をもむ方もいます。

 もうひとつは、患者さんの心理によります。がんで退職した人のうち4割は、治療がスタートする前に会社を辞めているのです。治療と仕事の両立に悩む以前に、がんと診断を受けたことによるショックで動揺し、「この体では、もう仕事はできない」と諦めてしまうのでしょう。職場の支援体制が不十分な中小企業はじめ立場が弱い人ほど、そう思うのは無理もありません。

 しかし、「がんが不治の病」と思われた30年前ならいざ知らず、がんと診断されても10人中6人は10年以上暮らすことができます。胃がんや大腸がん、乳がんなら早期で見つかれば、ほぼ治るのが現実です。決して諦めてはいけません。

 何度となく触れたように、治療法をうまく選択しながらがんと向き合えば、自分らしい最期を迎えられるのが、がんですから。

 がん診断後1年以内は、そうでない人に比べて自殺リスクが約24倍に上ります。孤独はより自殺を助長しますから、その点からも仕事を辞めてはいけません。

 厚労省は、がん患者が仕事と治療を両立しやすい支援策づくりを進めています。早急な導入が必要なのは言うまでもありませんが、家族ががんと診断されたら、周りがもり立てて治療も仕事も続けられるようにする気配りが大切です。

中川恵一

中川恵一

1960年生まれ。東大大学病院 医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授。すべてのがんの診断と治療に精通するエキスパート。がん対策推進協議会委員も務めるほか、子供向けのがん教育にも力を入れる。「がんのひみつ」「切らずに治すがん治療」など著書多数。