薬に頼らないこころの健康法Q&A

英語の成績不振に潜む ディスレクシア(読字障害)の克服法

井原裕 独協医科大学越谷病院こころの診療科教授
井原裕 独協医科大学越谷病院こころの診療科教授(C)日刊ゲンダイ

 中学で英語教育が本格化すると、それまで勉強ができると思われていた生徒のなかに、英語だけ苦手な生徒がいることに気づくケースがあります。特に読み書きができない、英単語が覚えられない、覚えようとしても間違って発音してしまうなどです。

 実は、このような英語限定の成績不振には、軽度の学習障害がある場合があります。

 ここでいう学習障害とは、全般的な知的レベルは平均水準なのに、ある個別の知的領域に限って劣る人のことです。学習障害には、いくつかのタイプがありますが、英語に限っての成績不振の場合、ここに「ディスレクシア」(読字障害)と呼ばれるものが潜んでいる可能性があります。

 ディスレクシアの人は、日常の生活ではほとんど気づかれません。聞くこと、話すことに問題はなく、通常のコミュニケーションで気づかれることはありません。しかし、書かれた文字を読み上げることは苦手です。小学校の国語の授業で朗読させると、突っかかったり、読み飛ばし・読み重ねがあったりしたはずです。ローマ字の習得にも、他の生徒より時間がかかったことでしょう。

 こういった生徒にとって、英語は困難を伴います。英語は、日本語のひらがな・カタカナと比べて、書かれた文字と発音との対応関係が複雑です。したがって、そもそも英語を母国語とする人の間でも、ディスレクシアを抱えている人が1、2割もいるといわれています。その一方で、書字と発音の対応関係が簡単なスペイン語では少ないともいわれています。

 中学に入って英語が読めない生徒は、国語についても「朗読が苦手」であり、「漢字が読めない」場合が多い。したがって、小学生時代に気づかれなかったディスレクシアが、中学に入って英語という新科目に接することで露呈すると考えるべきと思われます。

 英語圏には、ディスレクシアの克服法として、英語のつづりと発音の対応関係を教える(フォニックス法)べきか、文脈に沿って単語を意味とつづりの双方から理解させる(ホール・ランゲージ法)べきか、という議論があります。

 しかし、言語体系が英語圏と異なる日本では、英語圏の教育法を過大評価しても仕方ありません。ここはむしろ、日本の経験者の言葉から学ぶべきでしょう。

■携帯やタブレットを駆使するのも手

 南雲明彦氏という自らディスレクシアであることを公開して、啓発活動を行っている青年がいます。私もこの人の対談を動画で見ましたが、彼の話しぶりは、抑揚や強弱、速い・遅いの変化が豊かで、「読む・書く」のハンディを「話す・聞く」で補っていることが分かります。言語の視覚情報(書かれた文字)を音声情報に翻訳することは苦手であり、それを補うために、メモを取るかわりに携帯に録音したというエピソードも印象的です。

 ディスレクシアを含め、学習障害の人の生きるための作戦には2つあります。①弱いところを努力して克服すること②強いところを伸ばして、弱いところを補うことです。南雲さんの場合、①についてはそこそこにとどめて、キーボードやタブレットなどの機器で補い、むしろ②抜群の才能を持つコミュニケーション能力で弱みを補って生きているように思えます。

 個性を発揮する彼の生き方は、学習障害の人にとって大いに参考になるはずです。

井原裕

井原裕

東北大学医学部卒。自治医科大学大学院博士課程修了。ケンブリッジ大学大学院博士号取得。順天堂大学医学部准教授を経て、08年より現職。専門は精神療法学、精神病理学、司法精神医学など。「生活習慣病としてのうつ病」「思春期の精神科面接ライブ こころの診療室から」「うつの8割に薬は無意味」など著書多数。