天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

大動脈弁狭窄症が急速に増えている…高齢女性に多い疾患

順天堂大学の天野篤教授
順天堂大学の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ

 近年、「大動脈弁狭窄症」の患者さんが急速に増えています。心臓の出口にあって、逆流を防止する大動脈弁が動脈硬化などによって硬くなり、極端に開きにくくなる疾患です。血液の流れが悪くなるため、胸痛や息切れなどの症状が表れ、重症化すると突然死に至るケースもあります。

 食生活の欧米化や高齢化が進んだ影響で、動脈硬化を抱える人が増えたことにより、大動脈弁狭窄症の患者さんも増えているのです。とりわけ日本は女性が長寿で、高齢に伴って女性ホルモンの枯渇が急激に起こり、特に大動脈弁の石灰化を招く可能性が高くなります。そのため、女性に多い疾患です。 

 当院では、大動脈弁狭窄症の手術を年間80~100例ほど行っています。この数字はかつての3倍程度に当たり、病院によっては、わずか5年で症例数が2倍に増えているところもあります。狭心症や心筋梗塞などの虚血性心疾患に対して行う冠動脈バイパス手術は年間130例ほどですから、大動脈弁狭窄症がそれに匹敵するくらい増えているということです。

 患者さんは高齢者がほとんどで、そのうちの13%程度が80歳以上になります。心臓の弁は、常に内外の両方から血流による圧力がかかるため、加齢とともに劣化しやすい部分です。今ほど高齢化が進んでいなかった時代は、弁が劣化する前に他の病気などによって亡くなる人が多かったと思われます。しかし、生活環境や栄養状態の改善、医療の進歩などによって高齢化が加速したことで、弁にトラブルが起こる人も増えたのです。これからも、大動脈弁狭窄症の患者さんは確実に増えていくでしょう。

 悪くなった大動脈弁を完全に治すには、患者さん自身の弁を修理する「弁形成術」か、弁を取り換える「弁置換術」が必要です。そうした外科手術の他に、近年はカテーテルを使って人工弁を留置する「TAVI」(経カテーテル大動脈弁留置術)が登場しました。外科手術のように人工心肺を使って心臓を止める必要もなく、体への負担が少ない画期的な治療法です。

 しかし、TAVIはまだ新しい治療法であるため、治療の対象は、超高齢者、過去に開胸手術を受けたことがある、肝臓疾患やがんなどの合併症があるなど、従来型の開胸手術ができないような高リスクな患者さんに限られます。体力がある患者さんは、やはり、確実で実績のある開胸手術が原則になります。

 高齢者の手術は、体の負担を減らすためになるべく短時間で終わらせなければなりません。そのため、ほとんどのケースで弁を取り換える弁置換術が行われます。

 患者さん自身の弁を修理する弁形成術は、術後に血栓ができないようにする薬を服用し続ける必要がないなど、大きなメリットがあります。しかし、弁形成術は心臓手術の中でも技術的に難しいもののひとつで、弁置換術に比べて手術時間がかかり、確実性がいまひとつです。また、高齢者は弁の傷み方がひどい場合が多く、自身の弁を形成できないケースがほとんどです。そのため、弁置換術が適しているのです。

 現在、交換に使われる一般的な人工弁には、「生体弁」と「機械弁」があり、高齢者では生体弁が圧倒的に主流です。弁置換術を受けた後、ほとんどの患者さんは血液の循環が正常になり、ほぼ元通りの生活を取り戻すことができると考えていいでしょう。

 近年は、手順を単純化することなどで手術時間の短縮化が進んでいることから、80歳以上の高齢者でも手術を受けられるようになり、翌日から歩行するのも可能になってきています。今後も大動脈弁狭窄症の患者さんが増えるのは確実なので、手術もTAVIもさらに進歩していくのは間違いありません。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。