天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

十分な検査ができないことで緊急手術の難易度が上がる

順天堂大学の天野篤教授
順天堂大学の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ

 心臓手術は、事前にしっかり検査や診断をしたうえで、計画的に行われる予定手術がほとんどです。突然、病状が急変して救急車で搬送され、時間的な余裕がない中で救命処置を行うような緊急手術は、実はそれほど多くありません。

「要請を受けてから24時間以内に手術を開始」したケースが緊急手術と定義され、多いところでは心臓手術全体の15%、順天堂医院では6~7%程度。1週間に1回行われるかどうかの頻度になります。緊急手術になるケースは、解離性大動脈瘤や大動脈瘤の切迫破裂といった大動脈の病気や、急性冠症候群の患者さんが目立ちます。

 緊急手術は、予定手術に比べると難易度が上がり、その分、患者さんの死亡率は5~7%くらいまでアップします。

 これは、予定手術の10倍程度の数字です。予定手術とは違って、術前に精密な検査を行えないことや救命処置をしながらの手術になっていることが大きな要因です。

 予定手術の場合、進歩した画像診断機器などを使って心臓や血管の状態を詳細に把握し、他の臓器や全身状態もしっかり確認したうえで、患者さんに最適な方法を選択して手術を行うことができます。しかし、緊急手術はそうはいきません。昔と比べると、直前のCT検査や、術中に経食道心エコーといった画像検査ができるようになったことで、患者さんのデータを把握できるようになり、以前よりも緊急手術の死亡率は下がっています。ただし、それでも死亡率が依然として高いのは変わりません。心臓さえ治せば患者さんの命が助かるかといえば、その多くはそうではないからです。

 たとえば、解離性大動脈瘤の患者さんが心タンポナーデ(心膜の間に体液や血液が大量に貯留することで心臓が圧迫され、拍動が阻害される状態)を起こしていて循環不全の状態だったり、瘤が破裂してショック状態の場合、手術で心臓の病変を治しても、別の部分で起こったトラブルが命取りになることも少なくないのです。また、心臓手術は出血が止まらないと終わりません。緊急手術の患者さんに「出血傾向」といわれる血が止まりにくい状況が残っていれば、それが致命的になるケースもあります。

 さらに、緊急手術になるような病気は、高齢者に多いことも死亡率が高くなっている一因です。高齢者は、もともと心臓以外にも肺や腎臓などの重要臓器や全身状態が弱っているケースが多く、心臓の手術自体はうまくいっても、全身が回復しない状況が起こります。

 予定手術であれば、患者さんの全身状態をみて、「いま手術するのはリスクが高い」と判断することができます。その場合、まずは全身状態をしっかり管理して、ある程度回復させてから手術することができます。一方、緊急手術の場合はその患者さんの術前の状態を知らないまま臨まなければなりません。

 もちろん、手術自体も患者さんの予後に大きく影響します。心臓手術は、手術の時間が長くなればなるほど患者さんが受けるダメージは大きくなり、術後の回復が悪くなります。しかし、緊急手術の場合は、どうしても時間がかかる術式が避けられないケースがあるのです。

 たとえば、以前、弁膜症で人工弁を置換した患者さんが人工弁の感染を起こして緊急の再手術を行う場合、細菌に感染している弁をきれいに取り除かなければなりません。その弁が1個ならいいのですが、3個の弁に処置が必要になるケースもあります。そうなれば、手術する範囲が広くなって時間もかかるため、ダメージも大きくなってしまうのです。

 こうしたさまざまなリスクが多くある緊急手術は、術中の判断力、手術の技量、経験がより求められるといっていいでしょう。次回、より詳しく緊急手術について解説します。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。