天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

難易度がアップする緊急手術でも焦ることはない

順天堂大学の天野篤教授
順天堂大学の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ

 時間的な余裕がない中で行う緊急手術は、予定手術よりも患者さんの死亡率が10倍(5~7%)ほどアップすることは、前回お話ししました。術前に精密な検査を行えないことや、救命処置をしながらの手術になることが大きな要因です。

 私自身、いまも緊急手術を年間十数例ほど行っています。予定手術に比べて難易度は上がりますが、だからといって焦ったり構えたりすることはありません。緊急手術が必要な患者さんに対し、やるべきことの優先順位を決めてあるからです。

 たとえば、救急搬送された患者さんのすぐ近くにいるスタッフには、心臓よりもまずは全身の臓器保護を優先してもらい、スタッフの人数が揃うのを待ってから心臓の処置を行う……といったように、患者さんの命を救える可能性がもっとも高くなる手順は、ある程度分かっています。それに対するガイドラインももちろんあります。

 心臓のトラブルで患者さんが搬送されると、救命スタッフはどうしても心臓をなんとかしなきゃ……という固定観念にとらわれてしまいがちです。しかし、まずは腎臓や肝臓などの重要臓器の状態を悪化させないことが重要になる場合が多いのです。もちろん冠動脈治療中の合併症で心筋梗塞が進行中の時などは例外で、一刻も早く心臓の安定を優先することは言うまでもありません。

 危険な状態で搬送されてきた患者さんでも、助かったケースはたくさんあります。もともと患者さんの全身状態が悪くなかったというだけでなく、外科医が的確な手術を迅速に行えるかどうかも重要です。たとえば、解離性大動脈瘤などで大量に出血している患者さんの場合は、確実に出血を止めなければいけません。どこから出血しているのか、どんな処置をすればいいのかをしっかり見極める必要があります。

 出血箇所は、もともとの病状や術中に同時に行う検査によって大体の見当がつきます。大出血を起こす場合は大動脈が多く、大動脈は心臓の付け根から手で触れられるところまでの部分で出血します。しっかり確認すれば、血管の内側から破れているところも分かります。

 また、心臓のそばで出血する場合は、たいていはカテーテル治療のトラブルによるものです。挿入したカテーテルをそのまま置いた状態にしておけば、どこから出血しているかが分かります。こうした経験を多く積んでいる外科医は、やはりそれだけ緊急手術の成績が良くなると考えていいでしょう。

 それでも、残念ながら助けられなかったケースも当然あります。いちばん危険なのは、血圧が低くなり、全身に血液が十分に流れないショック状態になっている患者さんです。心臓だけでなく、脳、腎臓、肝臓など、さまざまな重要臓器が正常に機能できなくなるため、心臓を処置してもどうにもならないことがあるのです。実際、助けられない患者さんは、心臓以外の臓器障害、とくに腎臓が機能しなくなってしまうトラブルが多いといえます。もしくは、術後に感染を起こし、多臓器不全で亡くなるケースです。

 緊急手術を行う前の段階で、予測死亡率が非常に高いケースもあります。以前に人工弁に交換する手術を受けている高齢の患者さんが、感染を起こして人工弁が外れてしまい、血液の逆流がひどくて心臓がヨレヨレになっている……といった状態だと、術前の予測死亡率が80%と手術に向かうことを躊躇するくらいになることさえあるのです。

 そうした場合、ご家族には「救命するためには手術しかないが、仮に手術をしても厳しい」といった説明をします。それを受け、ご家族が「以前、手術を受けて命を救われた。今回は寿命だと思ってあきらめます」といった回答があるときは手術は行いません。「それでも手術をしてほしい」と希望されれば、まず助からないと予測される患者さんでも、できる限りの手術を行います。

 医師が緊急手術をすると決めた以上、なんとか患者さんの命を助けたいと考えて治療を行っています。状態を悪化させるために手術を行うわけではありません。この点だけは、理解していただければと思います。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。