天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

万が一に備えて搬送してもらう病院を決めておく

順天堂大学の天野篤教授
順天堂大学の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ

 救急搬送された患者さんに対し、時間的な余裕がない中で行われる緊急手術は、外科医やスタッフの経験値が重要になります。

 事前に詳細な検査をしたうえで計画的に行われる予定手術と違い、緊急手術は、心臓、その他の臓器、全身状態の術前評価がどうしても不十分なまま行われます。そのため、手術中にそれらの状態を確認したり、整えながら進めていきます。

 たとえば、血圧が低くなって全身に血液が十分に流れないショック状態の患者さんの場合は、人工心肺を早く回してショック状態を脱出させたり、出血が多ければ、まず出血している箇所を把握して早く止血し、血圧をしっかり維持できるようにして進めていきます。

 そうした対処はその場その場の判断で行います。判断とアプローチを間違えれば、そのまま患者さんがショック死してしまうケースもあります。そのため、緊急手術は経験数が多い病院でなければ、良好な結果は出せないといえます。

 しかし、突然、病状が悪化して救急搬送される場合、患者側で病院を選べないのではないかという不安を持つ方もいらっしゃるでしょう。

 都内であれば、心臓治療で一定水準以上のレベルにあると認められた病院が協力し、心臓トラブルで救急搬送される患者さんを確実に受け入れるためにつくられた「CCUネットワーク」や、そこを母体にする「急性大動脈スーパーネットワーク」といったシステムが整備されています。救急隊員が「心臓がおかしい」と判断すれば、そうしたネットワークに掛け合ってくれるため、患者さんは一定水準以上の施設に搬送されます。

■一定規模以上の総合病院なら安心

 しかし、そうしたネットワークが整備されていない地方では、なかなかそうはいきません。

 たとえば、心房細動で抗凝固剤「ワーファリン」を飲んでいる患者さんが、急に言葉を話しづらくなったときは、脳梗塞の可能性が高いといえます。その際、患者さんが医師から「心臓が原因になる脳梗塞がある」という説明を受けていなければ、それを救急隊に伝えることもできません。そうなると、脳梗塞だけを疑われて脳外科や脳神経内科が専門の病院に運ばれ、原因になっている心臓のトラブルの方は見逃されてしまう可能性もあります。脳梗塞の治療だけが行われた結果、心臓の方は病状が悪化してしまうことも考えられます。

 ただ、いまは「心房細動から脳梗塞を発症する」というパターンがあることを脳の専門医も分かっているので、ある程度以上の規模の総合病院なら問題はないでしょう。しかし、脳神経内科、循環器内科、心臓外科などがない規模の病院では、ヘタすると誤診されてしまう危険もありえるのです。

 そうしたリスクを少しでも減らすために、心臓病だと診断されている患者さんは、万一のときに備えて搬送してもらう病院をピックアップしておくべきでしょう。

 たとえば、大動脈瘤で経過観察中の患者さんで、医師から「瘤の大きさが4~5センチなのでそのうち手術が必要です」と言われていたら、倒れたときは瘤が破裂している可能性が高いといえます。

 また、冠動脈疾患の患者さんで、「近いうちに本格的な治療をしなければダメですよ」と指摘されているような場合も、いつ急変してもおかしくありません。心肺停止の状態で路上に倒れているところを発見され、救急搬送されたものの虚血性心不全で亡くなったお笑いタレントの前田健さんも、もともと心臓のトラブルを抱えていて、近いうちに手術を受ける予定だったといいます。

 そうした患者さんは、緊急の事態になったときにさまざまな治療に対応してくれる病院を把握しておき、もしもの時にはそこに運んでもらえるように伝えることを考えておくべきです。自分で自分の身を守るために、とれる手段はとっておきましょう。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。