Dr.中川のみんなで越えるがんの壁

【遺伝子検査】入念なカウンセリングなしに受けるのはNG

遺伝子検査は遺伝カウンセリングとセットで考えて
遺伝子検査は遺伝カウンセリングとセットで考えて(C)日刊ゲンダイ

 大腸がんの患者数は30年で5倍に増え、今年は男女合計で14万7000人が発症するとされています。急増する大腸がんについて、興味深い研究結果があります。

 国立がん研究センターなどのグループは大腸がん患者630人を追跡。一人一人の遺伝子の変化と再発リスクとの関係を分析して、1~100までの数値で評価したところ、数値が25ポイント上昇すると、手術後5年間の再発リスクが2倍に増えることを突き止めたのです。

 この遺伝子検査が実用化されると、再発を抑えるための手術後の抗がん剤治療の選択などに役立つでしょう。しかし、すでに実用化されている遺伝子検査もあります。

 3年前、米女優アンジェリーナ・ジョリー(写真)は遺伝子検査の結果を受け、予防的に乳房と卵巣を切除。BRCAという遺伝子に変異があると、乳がんや卵巣がんになりやすいためです。この遺伝子変異は2分の1の確率で子に受け継がれます。男性が受け継ぐと、前立腺がんやすい臓がんにかかりやすい。

 日本でも、220以上の医療施設で実施。変異ありの判定を受けた人のうち乳房は50例以上、卵巣は100例近くの予防切除が実施されました。このような遺伝子変異があると、若くして発症しやすく、がんが複数にできたり、2つある臓器のがんだと両方にできたりする傾向があります。

 つまり、ある血縁に受け継がれる特定の遺伝子変異によって生じやすい遺伝性のがんの発症リスクを調べるのが、遺伝子検査です。誤解してほしくないのは、たとえば祖父も父も自分も胃がんだからといって、遺伝性の胃がんではないということ。世間でいわれる“がん家系”とは、ずいぶん違います。

 胃がんの場合、ピロリ菌感染の影響が強く、塩分の濃い食事が重なると、胃がん発症が助長されます。ピロリ菌感染や食生活は、家系や地域性が強く、遺伝よりそちらの影響が強いと考えられるのです。

 ですから、がんの遺伝子検査を受ける場合、本人だけでなく、家族も含めて病歴や背景を丁寧に調べることが不可欠。それが遺伝カウンセリングです。

 初回のカウンセリングで遺伝性のがんが疑われると、遺伝子検査の説明があり、2回目のカウンセリングで検査を受けるかどうかの意思確認をします。3回目は検査結果の説明で、変異ありと判断されると、経過を観察したり予防策を検討したりして、4回目以降に予防切除を受けるか、家族の対策はどうするかといった具体的なステップに進むのです。

 アンジーの動きが早かったため、“異常があればすぐ切除”のイメージを持った人がいるかもしれませんが、それも正しくはありません。

 検査結果の影響は、本人や家族、ひいては血縁者にも及ぶため、中には事実を知りたくない人もいるでしょう。周りの心理的な負担が決して小さくはないのです。変異ありでも治療しないという選択をしてもよく、治療するにしても、経過を観察しながらしかるべきタイミングを待つという判断もあります。

 難しい判断の連続だけに、遺伝子検査は遺伝カウンセリングとセットで考えてください。遺伝カウンセリングなしに遺伝子検査を受けてはいけません。

中川恵一

中川恵一

1960年生まれ。東大大学病院 医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授。すべてのがんの診断と治療に精通するエキスパート。がん対策推進協議会委員も務めるほか、子供向けのがん教育にも力を入れる。「がんのひみつ」「切らずに治すがん治療」など著書多数。