愉快な“病人”たち

「言葉が出ない…」 髙山善廣さんが脳梗塞体験を語る

髙山善廣さんは俳優としても活躍(C)日刊ゲンダイ

 担架に乗せられてからものの数分で病院に着いたので、“こんなに早く着くはずがない。いよいよ頭もおかしくなった”と思いました。でも、運びこまれた富永病院は、大阪府立体育会館とは目と鼻の先。しかも、運のいいことに国内トップレベルの脳神経外科で有名な病院だったんです。

 その後のこともよく覚えています。まず、血栓融解剤を点滴されて、頚椎のMRI検査をしました。筒状の検査器に吸い込まれながら、“火葬されるときってこんな感じなのかな”と思ったくらい冷静でした。検査後は、医師に「頚椎の損傷はないけれど、脳の血管が詰まっているので脚の付け根からカテーテルを入れ、詰まった血管を広げる手術をします」と言われました。

 運ばれるストレッチャーの上では、心配する関係者に右手でVサインを出したのですが、そのときはもう手だけではなく右半身が麻痺していた。手術室でモニターに映る自分の頭の中を見つつ、麻酔が効いて意識が遠くなっていきました。

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