天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

移植ドナー減少で「人工心臓」の需要が高まっている

順天堂大学の天野篤教授
順天堂大学の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ

 心臓は全身に血液を送り出すポンプの役割を担っていて、休みなく動き続けています。生命を維持していくためには欠かせない臓器です。そんな心臓の筋肉に異常が生じ、重症の心不全などになってしまった場合、ポンプ機能を復活させるために心臓移植が必要になるケースがあります。

 しかし、移植は心臓を提供していただくドナーが必要で、どうしても限界があります。患者さんが希望しても、すぐに移植手術を受けられるわけではありません。そこで、クローズアップされているのが「人工心臓」です。

 ただ、現在の日本では、人工心臓の適用は移植を待機している患者さんの「ブリッジユース(橋渡し)」が前提で、そうでない患者さんは健康保険では認められません。人工心臓の価格は、最新のタイプだと製品だけでも1600万~1800万円と高額で、そこに手術などの治療費がプラスされます。高度先進医療の部分を民間の医療保険で賄ったとしても、トータルで2000万円くらいかかります。誰もが受けられる医療とは言えないのが現状です。

 しかし、近年は世界的にもドナーが減少傾向にあり、人工心臓の需要が高まっています。日本でも、移植を前提にしていない患者さんに対し、在宅治療を目的とした人工心臓による長期補助の治験開始に向けた準備が整いつつあります。当院でも、そうした動きに合わせて準備を進めているところです。

 人工心臓には、大きく分けて「全置換型人工心臓」(TAH)と、「補助人工心臓」(VAS)という2つのタイプがあります。全置換型は、重症の心不全などで働きが落ちた心臓をそっくり取り除き、その場所に人工心臓を埋め込みます。血液の循環は完全に人工心臓に委ねることになります。

 一方の補助人工心臓は、患者さんの心臓はそのまま残しながら、心臓のそばに人工心臓を設置し、落ちてしまった心機能を助けるシステムです。

 いずれも、ポンプ、駆動装置、制御装置、バッテリーなどで構成されていて、電源は基本的に体の外に設置されます。

 ただ、自分の心臓とそっくり取り換える完全置換型は、まださまざまなトラブルを起こす可能性があって、莫大な費用もかかります。人工心臓が普及し始めたのは、少しでも動いている心臓を生かしながら、ポンプ機能を助けてあげる補助人工心臓が進化してきたからといってもいいでしょう。

 かつての補助人工心臓は、「血液を循環させるためには大がかりなポンプ機能が必要だろう」と考えられていたため、ポンプとして駆動させるドライブユニットの大きさが小型冷蔵庫くらいありました。当然、ドライブユニットは体外に設置されるので、日常生活も元通りとはいきません。

 それが、拍動がなくてもポンプ部分の内部にスクリューやプロペラを設置して血液を送り出せば問題ないということがわかり、「軸流ポンプ」や「遠心ポンプ」といった無拍動流ポンプが開発されるなど、小型化が進みました。いまは、腕時計くらいの大きさでも、かなりの量の拍動が出るタイプが開発されたり、残した心臓に設置する方法がマグネット式で可能になり、トラブルになったときに交換しやすい工夫も進歩しています。

 電池性能もかなりアップしています。10時間以上稼働するバッテリー付き駆動装置がありますし、ショルダーバッグやリュックサックのバンド部分がバッテリーになっているタイプなど、予備バッテリーを持ち歩けば長時間の外出もできます。頭部に電源を設置して充電するタイプなら、水泳も可能です。

 さらなる技術の進化と、医療制度が整備されれば、より普及が進むに違いありません。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。