会社への報告義務なし がんのため仕事を辞めてはいけない

パニック状態で決断してはいけない
パニック状態で決断してはいけない(C)日刊ゲンダイ

 がん治療を始める前に仕事を辞める患者がかなりいる。「がんと仕事」について専門家に聞いた。

 吉田祐樹さん(55=仮名)は、肺がんで手術を受けた。再発予防のための抗がん剤治療の前に、勤務していた建設会社を退職。上司から引き留められたが、「治療に専念したい」と断った。

 幸いなことに、抗がん剤はよく効いた。妻が働いているとはいえ、生活費、治療費、自宅ローン、子供の教育費などで、家計が苦しい。再就職を考えているが、就職活動は年齢が高いハードルになり、困難を極めている。貯金を切り崩して生活する日々に不安が募っている。

 国立がん研究センターがん医療支援研究部長の加藤雅志医師は「がん治療のために仕事を辞めるメリットはひとつもない」と話す。

「治療費はもちろん、健康保険にも影響する。仕事を通しての社会とのつながりが、治療への意欲につながる場合もある。がんと宣告された時点で、『何より命が大事』とすぐに仕事を辞める人がいますが、辞める前にやれることはたくさんあります」

 頼れるのが「相談支援センター」だ。同センター中央病院では、4年前から社会福祉士がハローワークや社会保険労務士と連携し、がん患者の具体的な就労サポートを行っている。

■あえて会社に言わない選択肢も

 現役サラリーマンで多いのが、「がんを会社に報告すべきか」の悩みだという。

「どう回答すればいいかは個人差があるのですが、基本的には、がんの報告義務はありません。必要があれば、それに応じた報告をする」(相談支援センター社会福祉士の宮田佳代子さん)

 週の平日に何度か、抗がん剤や放射線治療に通うのなら、その都合があるので、会社にがんと報告したほうが配慮してもらいやすくなる場合もある。体力的な問題で、午後出勤がよかったり、勤務中に横になって休む可能性があるといったケースも同様。一方で、仕事に支障がなければ、あえて言わない選択もある。

 がん治療のために仕事を辞めてしまった人が、新たに就職活動を行うケースも多い。病院内で、社会福祉士、社会保険労務士とともに、ハローワークを頼れる意味は非常に大きい。

「患者さんは大丈夫だと思っていても、立ち仕事が多い、手先を器用に動かすことが求められるなど、患者さんの現状の体力、抗がん剤などの影響から避けたほうがいい仕事もあります。そのアドバイスなどもします」

■相談支援センターが頼りになる

 こう話す宮田さんが、加藤医師とともに強調するのは「混乱時に決断しない」「専門家に相談する」の2点だ。

「いまは、がんであっても入院期間が短く、抗がん剤は外来が基本。これまで通りの生活を送りつつ、がん治療を受けるのが最近の主流です。繰り返しになりますが、がんを宣告され、パニック状態になっているときに、仕事に対する決断は下すべきではない」(加藤医師)

「専門家」とは、社会福祉士など。相談支援センターのあり方や、そこに所属するスタッフがどこまで関与してくれるかは病院ごとに違うが、国立がん研究センター中央病院の場合は、その病院の患者でなくても相談を受け付けている。

「専門家を頼るメリットには、医師と患者さん本人との認識の差を埋める点もあります」

 医師の「大した副作用がない」は、もしかしたら「しびれ程度」の意味かもしれない。しかし、患者の方が「まったく副作用がない」と認識していれば、そのギャップが仕事などに影響が出るケースは往々にしてある。

 2人に1人ががんになるといわれる時代。押さえておきたい知識だ。

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