天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

人工心臓の普及はより低価格で高性能なタイプが必要

順天堂大学の天野篤教授
順天堂大学の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ

 前回、取り上げた補助人工心臓は、とりわけ米国で発展しています。患者さんの心臓はそのまま残しながら、心臓のそばに人工心臓を埋め込み、落ちてしまった心機能を助けるシステムです。

 先進国は世界的にも高齢化が進んでいて、重症心不全の患者さんが増えています。米国では、年間2000例を超える心臓移植が実施されていますが、それでも移植ドナーが不足しています。そのため、補助人工心臓に大きな期待が寄せられ、進歩してきました。2002年には、移植適応がない重症心不全患者に対して、在宅治療を目的とした補助人工心臓による長期補助が保険償還され、さらに普及が進んでいます。

 日本も、高齢化に伴って重症心不全の患者さんがこれからますます増えるでしょう。そうした状況に対応するためには、補助人工心臓は欠かせないといえます。しかし、現時点では、移植を前提に待機している患者さんの「ブリッジユース(橋渡し)」しか保険適用されません。移植適応がない患者さんでも、補助人工心臓を使った治療が受けられるような状況にならなければ、なかなか普及は進まないでしょう。

 ただ、米国の医療は日本とは大きく異なっていて、米国で行われている治療をそのまますぐに日本でも……というわけにはいきません。米国では、公的な医療保険は高齢者、低所得者、障害者などの救済や公務員への給付が中心で、多くは私的に加入する民間保険がカバーしています。

■ロールモデルは「ペースメーカー」

 そうした事情から“効率がいい医療”が重視されていて、患者が重症にならないうちに早い段階で治療に介入することを勧める傾向があります。そのため、日本とは治療の適用が変わってきたり、必ずしも正しいアプローチとはいえない治療が行われるケースも見受けられます。

 たとえば、飲み薬だけで心不全をコントロールして普通に生活できている患者さんが、ある日、急に病院に呼ばれ、心臓移植手術が行われるようなケースもあります。もちろん、移植手術をカバーしているような高額な民間保険に加入している場合です。これは、日本ではあり得ません。米国の医療は、患者が高額な費用をかけさえすれば、低侵襲や高度な医療が受けられるという考えに基づいているのです。

 一方、日本の保険制度は「すべての国民に一定水準以上の平等な治療を提供する」という理念を原則にしています。そして、この制度を維持していくために医療費を抑制しようとしているのが現状です。

 補助人工心臓による治療は、製品価格が1600万~1800万円、手術などの治療費がプラスされてトータルで2000万円くらいかかります。維持費も1日5万円程度が必要です。これが保険適用されるには、かなりハードルが高いと言わざるを得ません。先進的なタイプがもう少し低価格で使えるようにならないと、一般的な医療になるのは難しいでしょう。

 普及のロールモデルになるのは、不整脈の治療に使用されている「ペースメーカー」です。脈が遅くなったときに作動して心筋に電気刺激を送り、心臓が正常に収縮するようにサポートする装置です。慢性的に脈が遅くなる徐脈の患者さんに対し、主として内科医による埋め込み手術が行われます。

 その費用は一般的に150万~200万円程度ですから、コンパクトカーを1台買うつもりになれば、一般家庭でも出せない金額ではありません。一方、現状の補助人工心臓はマイホームを購入するのと同じ金額が必要になります。“命の値段”と考えれば高額とは言えない部分もありますが、医療費として払える人は極めて限られます。

 日本で初めて人工心臓の研究を始めた渥美和彦先生(東京大学名誉教授)も、「人工心臓の最終形は価格も侵襲性もペースメーカーと同程度になることだ」とおっしゃっていました。これが実現すれば、多くの患者さんにとって福音になるのは間違いありません。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。