Dr.中川のみんなで越えるがんの壁

【九重親方のケース】すい臓がんと糖尿病の見過ごせない関係

九重親方
九重親方(C)日刊ゲンダイ

 昭和の大横綱の命を奪ったのは、すい臓がんでした。突然の訃報にショックを感じた人も多いでしょうが、決して人ごととはいえない最期だった側面もあると思います。

 元横綱千代の富士(本名・秋元貢、享年61)は昨年5月31日の還暦土俵入りで現役時代を彷彿とさせる勇姿を見せた直後、早期のすい臓がんが発覚。すぐに手術を受けて現場復帰したものの、肝臓や肺、胃などへの転移がんが体をむしばみ、急逝されました。

 すい臓がんの5年生存率は、ステージ1でも約40%。胃がんや大腸がんはステージ1ならほぼ100%ですから、その差は歴然。患者数は大腸がんや胃がんの3割と少ないものの、それでも「人ごととはいえない最期」というのには、理由があります。

 糖尿病とすい臓がんとの関係です。2000万人を超える人が糖尿病かその予備群で、大横綱も糖尿病でした。国民病ともいえる糖尿病の人はがんになりやすく、がんの中でも難治性のすい臓がんになりやすいことが分かっているのです。

 日本糖尿病学会と日本癌学会による「糖尿病と癌に関する合同委員会」は3年前、抽出した約33万5000人のうち、がんを発症した約3万3000人の追跡結果を発表。追跡した人たちを糖尿病とそうでないグループに分けて、がんの発症リスクを比較した結果、糖尿病の人はそうでない人に比べて、がんの発症リスクが2割高く、がんの種類別ではすい臓がんと肝臓がんが約2倍と有意に高かったのです。

 糖尿病で高血糖状態になると、血糖値を下げるためインスリンの血中濃度が高くなります。インスリンには、がん細胞の増殖を促す作用もあるため、糖尿病の人はがんになりやすく、中でもインスリンを分泌するすい臓や、ブドウ糖の“倉庫”ともいうべき肝臓にがんができると、糖尿病の人ほどインスリンの悪影響を受けやすいと考えられます。

 大横綱はがん発覚後にキッパリ断酒したそうですが、元気だったころは強い洋酒を好む酒豪で、幕下で低迷していたころ1日に3箱吸うヘビースモーカーだったという報道もあります。過度の飲酒と喫煙は糖尿病を助長し、がんについてもよくありません。この点も、「人ごととはいえない」ところです。

 これらのことから分かるのは、糖尿病でない人は将来の糖尿病発症を食い止めるような生活を心掛け、糖尿病の人は病状が悪化しないように治療と生活改善を続ける。それが、がん、ひいてはすい臓がんの予防になるということです。

 どちらも予防する上でコーヒーを飲むといいでしょう。たとえば、男性の場合、コーヒーを1日3杯以上飲む人は、ほとんど飲まない人に比べて、すい臓がん発症リスクが4割低下。糖尿病の発症リスクも約2割下がります。予防メカニズムはハッキリしませんが、国内外で同様の研究結果が出ていますから、コーヒーの予防効果はほぼ間違いないでしょう。

 ただし、砂糖の取り過ぎは禁物です。

中川恵一

中川恵一

1960年生まれ。東大大学病院 医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授。すべてのがんの診断と治療に精通するエキスパート。がん対策推進協議会委員も務めるほか、子供向けのがん教育にも力を入れる。「がんのひみつ」「切らずに治すがん治療」など著書多数。